Column:知の架け橋
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2017年5月1日号
「未来」を考える
文明研究所 山本和重 所長

20世紀から継承すべきものは?
歴史学の視点から考える


専門は日本近現代史で、過去を研究対象としており、未来について語る機会は多くない。けれども、歴史学は過去と対話しつつ未来を展望する学問であるから、近ごろ考えていることについて、文明研究所での活動を交えつつ、記すことにしたい。

社会の、あるいは学問の「未来を考える」ことは、私たちが現に生きている21世紀の社会や学問はどうあるべきかを考える、ということであろう。そして、その基礎となるのは、20世紀の社会や学問のあり方についての認識であろう。

日本社会についていえば、20世紀は、1945年8月の敗戦で分けるのが一般的である。敗戦以前は、基本的には軍人勅諭や教育勅語に示されるように、天皇の権威が絶対とされ、個人の権利は著しく制約された時代であった。他方、敗戦後は、戦前の社会は軍国主義として否定された。新憲法で基本的人権が明記され、また国民主権の原則により天皇は国民統合の象徴と位置づけられた。
 
20世紀後半の社会は、甚大な犠牲を招いた戦争への反省から、基本的には新憲法の価値観が国民の常識として定着していたといってよかろう。しかし近ごろ、教育勅語の扱いや、個人の権利をめぐる議論に示されるように、敗戦以前の価値観への復帰を主張する声が目立ってきている。

新憲法の理念を評価する進歩主義的な言説と、教育勅語を評価する復古主義的な言説では、敗戦を境とする20世紀日本についての評価は対照的といえる。歴史学では、前者の立場による研究潮流は「戦後歴史学」と称され、それが70年代あるいは80年代までの日本の歴史学の主流であったが、90年代以降は、歴史教育の分野を中心に後者の主張が台頭している。

ところで、戦前・戦後についての評価は対照的であるものの、敗戦による断絶性を強調する点で、両者は共通している。それに対して、戦前・戦中・戦後の連続の側面を指摘する見解もある。戦時下の経済政策が戦後の高度経済成長をもたらしたとする主張や、43年から45年を例外として、30年代から50年代は社会や文化の点(たとえば消費や娯楽)で連続しているという主張である。断絶論が政治的な枠組みの変化を重視するのに対し、連続論は社会や日常生活における連続性を重視している。

文明研究所では、2016 年度から「20世紀人文学の方法論的再検討」というコア・プロジェクトを始動させたが、前述の〈断絶〉と〈連続〉でいうと、連続の側面を重視している。戦後日本の人文学や社会科学が、戦前の学問のあり方への反省をもとに再出発したことの意義は、大変大きなものがある。しかし、本プロジェクトはむしろ、20世紀人文学に通底するものとして、「近代知」から、「現代知」への転換を想定している。

19世紀的な工業化型近代化や技術万能主義に照応した、分析を重視する科学主義的人文学(近代知)に対して、20世紀には、精神と文化の独自性を重視し、知性に対して感性や身体性の分析に対して、総合や叙述の復権を求める研究(現代知)が、底流あるいは伏流として存在しており、その継承が21世紀人文学の課題であると考えているのである。

社会の姿にせよ、学問の方向性にせよ、各人が、継承すべきものは何かを構想することが、「未来を考える」ということではなかろうか。

 

やまもと・かずしげ 1959年秋田県生まれ。北海道大学大学院文学研究科博士課程退学。同大文学部を経て、92年より東海大学文学部史学科日本史学専攻(現・歴史学科日本史専攻)に所属。専門は、日本近現代史。主な著書に、『上越市史別編七 兵事資料』(共著)、『地域の中の軍隊9 地域社会編 地域の中の軍隊を問う』(編著)などがある。2016年度から文明研究所所長。