特集:研究室おじゃまします!
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2020年1月1日号
円形脱毛症の原因遺伝子を同定
新たな治療法の開発へ
総合医学研究所 岡晃 講師

紀元前1550年ごろに書かれた古代エジプトの医学書『エーベルス・パピルス』には、脱毛の治療薬に関する記述があるという。それから数千年、人類はまだ脱毛症を根治できる治療法を開発していない。そんな中、遺伝学を専門とする総合医学研究所の岡晃講師は円形脱毛症の原因と考えられる遺伝子変異の同定に成功し、注目を集めた。疾患遺伝子の探索に取り組む岡講師に聞いた。

「疾患の多くは遺伝子の異常により発症すると考えられています。しかし、どの遺伝子がどの疾患に関連しているかを見つけるのは非常に難しい。1つの疾患の原因が1つの遺伝子にある場合もあれば、数百、数千の遺伝子が関与している場合もあるのです」
 
岡講師は遺伝情報とその発現の関係を統計学的に解析する「遺伝統計学」を用いて、疾患の原因遺伝子を探索。ヒトの第6染色体の一部分であるMHC領域(主要組織適合遺伝子複合体)に、円形脱毛症の原因となる遺伝子の変異があることを突き止めた。

「これを検証するため、CRISPR/Cas9という技術を使って円形脱毛症患者と同じ変異を有する遺伝子改変マウスを作製したところ、きわめて類似した脱毛症状が現れました。これは、遺伝学的な要因が明らかな、世界初の脱毛モデルマウスです」

ぶれない努力で検出に成功
成果が得られた背景には2つの要因がある。1つはMHC領域を探索し続けたこと、もう1つはマイクロサテライトと呼ばれる遺伝子発見技術を使い続けたことだ。
 
「ヒトの細胞の染色体は46本。父親と母親から受け継いだものがペアになって23組に分かれています。1組を1冊の本に例えると、1人の人間の猜語〞は全23巻になる。その中で、難解だけれど最も興味深い内容が書かれている部分の1つが第6巻目にあります。それがMHC領域です」と岡講師は説明する。
 
「この部分には免疫学的に重要な遺伝子が集中しており、また疾患の発症と強く関連する遺伝子が多く存在していることがわかっています。しかし、遺伝子の多型(塩基配列の個体差)が多いため解析が難しく、そのため世界中の研究者が研究をためらっていました。でも、だからこそ探究すべきと考えました」
 

もう1つの要因であるマイクロサテライトは、目的とする遺伝子変異が疑われる部分を絞り込むための古くからある狷散〞の1つ。「多くのハプロタイプ(対になっている遺伝子同士の組み合わせ)が存在するMHC領域では、マイクロサテライトの活用が原因変異の検出に有利と考えました。絞り込んだ部分の塩基配列を次世代シーケンサーで網羅的に解析し、原因変異の検出に成功。マイクロサテライトを犹代遅れ〞と考える研究者が多い中、その有用性を確信し、MHC領域を探索し続けたことが目的とする遺伝子変異の発見につながりました。思考の方向性は間違っていなかった」と振り返る。

発症機序を解明し創薬を加速
「次の目標は、脱毛モデルマウスを多角的に検証し、円形脱毛の発症機序を分子レベルで解明すること。創薬はもちろん、遺伝子情報を基盤とする新たな診断、治療法の開発を目指す」と意欲を語る。同研究は今年度の「総合研究機構プロジェクト研究」に採択。理学部の岩岡道夫教授や工学部の毛塚智子准教授らとの共同研究を進めている。 

一方、同様の手法により、全身性強皮症(線維化により皮膚などの臓器が硬化する自己免疫疾患)ときわめて強い遺伝学的関連を持つ原因遺伝子もMHC領域に発見。こちらも遺伝子改変マウスの作製に取り組む計画だ。
 
「探索が難しいと考えられていたMHC領域で、疾患のリスク要因の特定が不可能ではないことを示すことができました。さまざまな疾患の原因解明に向けて、さらに研究を続けたい」



Focus
研究も趣味も納得するまで





「中学生のとき、ノーベル医学・生理学賞を受賞した利根川進博士をテレビで見て“かっこいいな”と思いました。研究者になったのは、利根川博士の影響があるのかもしれません」

遺伝学研究を志し、猪子英俊教授(当時)の教えを請うため、1997年に東海大学大学院へ。猪子教授が従事していた、ヒトゲノムの全塩基配列を解読する世界的プロジェクト「ヒトゲノム計画」に携わった。
 
医学部助手を経て、2010年度から総合医学研究所講師に。東海大の医科学研究の中核を担う研究所で、主に皮膚疾患の原因遺伝子の探索に取り組む。「メンバーは生命科学の多様な分野におけるトップレベルの研究者。医学部や他学部との連携もしやすく、より広い知識を得て、効率よく研究できる」と話す。 研究同様に好きなのは、料理と食べること。「店で食べておいしいと思ったメニューは、同じ味になるまで自宅で作り続けます。食材や調味料、調理法などを少しずつ変えて何度も試す。実験と同じ」と笑う。
 
「イベントの屋台で作ってほしい」と頼まれたチヂミは、「おいしいチヂミを食べたことがないからちょっと困った」が、10日間試作して食べ続け、満足できるレシピが完成。参加者には大いに喜ばれた。
 
「あきらめが悪い性格。わからないことをそのままにしておきたくない」。研究も料理も、納得するまで続ける。

 
(図上)遺伝子改変マウスの脱毛の変化CRISPR/Cas9の手法を用いて円形脱毛症患者と同じ変異を持つ遺伝子改変マウスを作製。ヒトと類似した脱毛症状が現れた
(図下)円形脱毛症の皮膚と毛髪の状態円形脱毛症の患者も遺伝子改変マウスも毛髪が途中で折れており、状態が類似している※円形脱毛症患者の写真は『J Am Acad Dermatol . 67:1040-8, 2012』より引用

おか・あきら 1968年東京都生まれ。東京農業大学農学部、同大学院農学研究科修士課程修了後、東海大学大学院医学研究科博士課程修了。博士(医学)。医学部助手、講師を経て総合医学研究所講師。専門は分子遺伝学、人類遺伝学。