特集:研究室おじゃまします!
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2018年5月1日号
マイクロ流体デバイスを開発
ヒトの臓器機能を人工的に再現
工学部機械工学科 木村啓志 准教授

薬の開発現場では長年、ヒトへの薬の毒性を調べるため、臨床試験の前に動物実験を行う手法が用いられている。その一方で、動物愛護の観点から、各国で規制が厳しくなってきている。創薬の厳しい状況を打破しようと進められているのが、血管や肝臓、腎臓などの機能を模したマイクロ流体デバイスの開発だ。その最前線で研究を続ける工学部機械工学科(マイクロ・ナノ研究開発センター)の木村啓志准教授を訪ねた。

マイクロ流体デバイスは、シリコーンゴムを主な材料に、さまざまな臓器の機能を模した機器。1000分の1ミリ程度の小さな空間を自在につくり出し、手のひらサイズの小さな装置としてまとめる。たとえば、生体内の環境を再現した肝臓デバイスの中に肝臓の細胞を入れれば、細胞の機能を維持したまま培養でき、薬剤を投与した際の反応も時間を追って観察できる。

「“いつもと同じ場所にいるな”と細胞に勘違いさせることで、体内にあったときと同じ状態で観察できるようになるのがマイクロ流体デバイスの特長です。環境の設定を変えれば、細胞が最大限活発に動くように働きかけることもできる」と木村准教授は語る。

創薬で使われる動物実験は、動物愛護の観点に加えて、ヒトと動物の体は必ずしも同じではないという課題もあった。
 
「動物実験では効果があっても、ヒトには効かない薬剤も多いのです。ヒトに効果があった薬剤が動物には効かなかったために開発が中止になっているケースも考えられます。マイクロ流体デバイスが普及すれば、そうしたミスマッチを防ぐこともできる可能性がある」と期待を寄せる

デバイスを組み合わせ 新たな機能発見も
木村准教授が現在、主に開発しているのは腎臓機能を再現するデバイス。腎臓は体内の不要なものを血液から取り出してろ過し、尿として排出するだけでなく、必要な化合物を再吸収し、毒素が体に入ったときには無毒化する機能も持っている。「責任感のある臓器」と呼ばれるほど、黙々と働く一方、ほかの臓器と違って一度病気になると機能を回復できない。
 
「腎臓を治療できない最大の理由は、病気のメカニズムがわかっていないことにあります。マイクロ流体デバイスで腎臓を再現できれば、病態モデルをつくることが可能になり、薬剤の開発も急速に進むと期待しています」
 
これまでの研究で、血液のろ過機能や再吸収機能の再現に成功。現在は、免疫物質の分泌メカニズムの再現を目指して研究を進めている。
 
木村准教授はさらに、ほかの研究者の求めに応じて血管や精巣などの環境を再現するデバイスも作製し、提供している。「メカニズムがわかっていればさまざまな臓器を再現できるのもマイクロ流体デバイスの特長。肝臓や腎臓など、複数の臓器の機能を組み合わせて作ることも可能です」と話す。

新たな創薬手法開発へ 共同研究も始動
昨年からは日本医療研究開発機構の採択を受けた研究プロジェクト「再生医療の産業化に向けた評価基盤技術開発事業」にも参画。医薬品の候補となる化合物の安全性や効果を評価する新手法の開発に取り組むこの研究で、マイクロ流体デバイス開発チームの研究開発担当者も務める。プロジェクトには国内トップの研究者と製薬メーカーが参加しており、日本発の新技術の開発・実用化を目指していく。

「マイクロ流体デバイスが実用化できれば、年々高騰している創薬のコストダウンにもつながる。工学の基礎は、ヒトの役に立つ技術を開発すること。その精神を大切に、よりヒトの臓器に近いデバイスを実現させたい。各国の研究者とも協力し、いずれはすべての臓器をマイクロ流体デバイスで再現して、医療や生命科学など幅広い分野の研究に貢献できれば」


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基本の“キ”を大切に




大学の教員として研究を重ねる中、根底にあるのは「エンジニアとして、世のため、人のために役立つ技術を開発したい」という思いだ。

もともとロボットが好きで大学でも勉強していたが、あるときから「このまま人工物の研究だけを続けても将来につながらないのではないか」と悩むようになったと振り返る。

そんなときに出会ったのがマイクロ流体デバイスだった。この分野は1990年代から本格的に研究が始まったが、当時はまだどのように活用できるのか、はっきりとはわからなかった。だが、「人工物と生物を融合させることで新しい世界が開けるかもしれない」と、恩師の門をたたいた。

生物学を独学で勉強するところから始め、一歩ずつ研究を積み重ねてきた。その間、各国での研究も進み、創薬や生物学の分野での実用化を見据えた研究が本格化するまでになった。 

国内でその最前線にいる一人として大切にしていることは、「あいさつと感謝、約束を守ることの3つ」だ。

海外の研究者とも接する中で、「日本人は外国人と比べて真面目だ」と感じることも多いという。「真面目さは日本人エンジニアの強みでもあり、日本技術への信頼も支えてきた。その特長を生かすためにも、この3つが欠かせない。社会の縮図である研究室を通して、学生たちにもしっかり伝えたい」

 
(写真)木村准教授が研究しているマイクロ流体デバイス。シリコーンゴムを材料に、微細加工技術を使って臓器を再現している

きむら・ひろし 1980年神奈川県生まれ。法政大学工学部卒業後、東京大学大学院工学系研究科博士課程後期修了。博士(工学)。東大生産技術研究所特任助教などを経て2012年から現職。専門は、微細加工、バイオエンジニアリング、生体システム工学。