Column:本棚の一冊
2020年8月1日号
『一九八四年[新訳版]』


現代は『一九八四年』の世界?
情報通信学部情報メディア学科 濱本和彦 教授



25年ほど前にある先生から「情報は学問じゃない」と言われたことが今でも頭に残ってる。要は「狹典げ麩を勉強しました〞と言えば、その分野での共通認識があるが、爛廛蹈哀薀潺鵐阿鯤拔しました〞と言っても、何を学んだのか人それぞれ解釈が違う、そんなものは学問じゃない」ということだった。これもかなり前だが、新聞で「Web2.0 という、漠然とした意味の言葉が一人歩きしている。人は自らオーウェルの『一九八四年』の世界に進もうとしているのだろうか?」といった記事を読んだ。「情報は学問じゃない」という言葉が常に心にあり、Web2.0にも同様の印象を持っていた私が本書を読んでみようと思ったきっかけだった。

この本は、1948年に執筆された「ディストピア小説」で、「(48をひっくり返した)1984年にはこのような時代になっているかもしれない」として付けられたタイトルとも言われている。有名な本なのでご存じの方も多いと思うが、全体主義国家の独裁体制に不信
感を持つ主人公が反体制の活動に興味を持つといった内容だ。
 
この小説で国家が強制する施策の一つに「二重思考」がある。一つの言葉に複数の矛盾した意味を持たせ、何ごとも国家の方針が正しいと信じ込ませる施策だ。先ほどの話に置き換えれば、人によってその意味の取り方が違う「情報という学問」「web2.0」など、なんとなく雰囲気で意味が分かったつもりで、共通認識がないまま物事が進んだり、時に排他的になったりすることに相当すると考えられる。本書には「ニュースピーク」という言葉も出てくる。国家が単語を短縮化し語彙を少なくし思考を制限するために作った新しい言語だ。

言葉を短くしていろいろな意味を持たせて、となると気づくことは数多くあるはずである(気づかないと「ヤバい」)。さらにこの国家では「テレスクリーン」で常に監視されているが、現在はスマホ画面を自ら進んで覗いているわけだ。

最近『一九八四年』が再度注目されてきた理由は、某国の大統領の「もうひとつの真実」という主張にもあるが、私は人々が強制されずに自らその方向に進んでいることに不気味さを感じる。コロナ禍で監視社会についての議論もなされている今、読んで損はない一冊ではないだろうか。

『一九八四年[新訳版]』
ジョージ・オーウェル著 高橋和久訳
ハヤカワepi文庫

 
はまもと・かずひこ 1966年長崎県生まれ。東京農工大学工学部卒業。同大学院工学研究科電子情報工学専攻修了。博士(工学)。専門は医用工学、認知科学、バーチャルリアリティ。2017年度から情報通信学部学部長。