特集:研究室おじゃまします!
2020年11月1日号
暮らしに溶け込む「OR」
多様な課題を科学的に解決
理学部情報数理学科 松井泰子 教授

電車の乗り換えやカーナビのルート検索などは、時間、距離などさまざまな条件を組合せ、利用者一人ひとりに合わせた“最適な解”が提示される。システムに組み込まれた数学や統計学の計算式によって算出されるもので、こうした科学的な課題解決の手法は「オペレーションズ・リサーチ」(OR)と呼ばれる。ORを専門に研究する理学部情報数理学科の松井泰子教授を訪ねた。

松井教授がORの身近な例として挙げるのが、スマートフォンや自動車に搭載されているナビゲーションシステムだ。
 
「出発地点と目的地を入力すると、GPSの情報をもとにいくつかの経路が出てきます。有料だけど最短時間、距離は長くなるけれど混雑を回避するなど、利用者にとっての犧播なルート〞を選択できるようになっています」
 

こうした複数の選択肢を抽出して提示するにはまず、どれだけの選択肢があるのかをすべて列挙する必要がある。松井教授が専門とする「列挙アルゴリズム」は、組合せの構造を解析し、選択肢を提示するための計算方法。少ない計算回数で速く答えを導く、効率的なアルゴリズムの開発に取り組んでいる。

「たとえば学校の時間割も、学年や科目、科目ごとの教員の人数など、複数の条件を組合せて何通りも候補が挙げられます。ほかにも医療現場や鉄道会社、航空会社など、シフト調整が難しい職場に合わせたシステムの開発・販売を専門とする企業がありますが、そのほとんどが社内にORを開発する部門を有しています」

社会に密着した研究 生活の根底を支える
今や現代社会に欠かせない人工知能(AI)も、対象や状況を分析して最適解を導き出すORの手法がもとになっている。所属する日本オペレーションズ・リサーチ学会では松井教授が中心となり、日常のどういった場面でORが活用されているかを紹介するポスターの製作にも取り組んだ。

「ORは表立って見えにくいけれど、私たちの生活の根底を支えているといっても過言ではありません」

これまで研究室で取り組んできた課題には、神奈川県相模原市のゴミ収集車が効率的に回るルートなど、生活に身近なものも多い。「ORは社会に密着した問題を扱う研究」と話す松井教授は現在、災害時における避難経路を複数求めるアルゴリズムの開発を進めているという。

「自宅から避難所までのルートは人それぞれ考えていると思いますが、距離だけでみれば最短でも一度に大人数が通ると混雑し、結果的に避難が遅れてしまう可能性があります。そういった事態にならないよう、地域ごとに最適な避難経路を複数導き出したいと思い研究を始めました。ルートを分散させることで、より多くの人が迅速に避難できる可能性が高まります」と意図を語る。

避難経路の算出に着手 地域と連携した開発を
「アルゴリズムは対象に依存しないことが原則」であり、完成すれば全国どの地域でも活用できるという。今はまだ理論的な研究の段階だが、今後は東日本大震災で被災した東北地域や、湘南校舎のある平塚市などと連携し、実際の地形をもとにした研究も計画している。
 
「地形のデータや住民の声は、この研究に必要不可欠。学生がゴミ収集車のルートを調査したときには、ゴミ処理場に行き、職員へのヒアリングを行いました。日常生活において、人々が何に困っていて、何を求めているかを知ることは研究の第一歩です。社会におけるさまざまな課題を解決するために、これからも研究に取り組んでいく」



Focus
女性研究者の希望に



ORに出会ったのは大学時代。プログラミングに数学の知識をかけ合わせる点に魅力を感じた。
 
4年時に所属していた研究室では、工場から倉庫に荷物を搬入するときの最短経路を算出するアルゴリズムの開発に挑戦した。
 
「積載量が多いとスピードが落ちる、夜間は高速料金が安くなるなど、さまざまな条件が複雑に絡み合う。ただの数字ではなく、実用的な答えを求めるORの面白さに気づいた」と振り返る。
 
大学院でも列挙アルゴリズムや組合せ論の研究に取り組み、東海大学に着任した後はカナダ、フランスの研究所へ長期滞在するなど多様な経験を積んだ。「異文化に触れる海外渡航は研究者にとって大きな財産になる。新型コロナウイルスの感染拡大が終息したら、学生にも海外渡航に挑戦してほしい」
 
研究一筋の松井教授。自らの経験を踏まえ、女性研究者のワーク・ライフ・バランスについて考えることが多いという。「私はカナダで出産し、フランスには単身赴任と、家族のサポートを受け研究と両立することができましたが、女性は人生の節目で研究者の道をリタイアしてしまうことが少なくない」と語る。
 
日本オペレーションズ・リサーチ学会では、女性として3人目の理事を経験。今年4月には同学会のフェローに認定されるなど、自らがモデルケースとなるべく実績を積んできた。
 
「理工系研究者の世界にはまだまだ男性の方が多く、女性がキャリアを重ねるのは難しい。そんな中で自分のこれまでの成果が、未来の女性研究者たちの希望になればうれしい」

 
まつい・やすこ 1964年東京都生まれ、東京理科大学工学部卒業。同大学院工学研究科修士課程修了。博士(工学)。東京都立大学理学部数学科助手を経て、98年に東海大学理学部情報数理学科講師。2014年より現職。