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特集

2021/12/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

体臭の正体を科学的に解明

体の調子を皮膚ガスで分析
理学部化学科 関根嘉香 教授

体から漂う“臭い”、いわゆる体臭の正体とは――? 人の皮膚から空気中に放散される微量の生体ガス「皮膚ガス」には、300種類以上の物質が含まれる。体質や状況によって放散される物質は異なり、種類によっては「汗臭さ」「加齢臭」などと呼ばれるほか、心身の健康状態を表す指標にもなり得るという。皮膚ガス研究をリードしてきた理学部化学科の関根嘉香教授に、最新の研究動向を聞いた。

関根教授が皮膚ガスの研究を始めたのは、シックハウス症候群などの室内環境汚染について調査していた2004年。調査対象の住宅は室内の空気を浄化していたにもかかわらず、空気中から発生源不明の成分が検出されたことがきっかけだった。「ふと自分たちの体に調査用の機器を当ててみたところ、同じ成分が検出されました。昼に食べたものが体内を循環し、皮膚からガスとして発生していたのです」

当時、皮膚ガスが発生する条件や成分についての研究事例は皆無で、「調べれば調べるほど新しい情報が出てくるので、論文をまとめるのに苦労しました」と振り返る。

関根教授はまず、皮膚ガスの放散ルートを分類。血液中の化学物質が揮発して直接出る「血液由来」、血液から汗腺を経由して放散する「皮膚腺由来」、皮膚表面で生成して放散する「表面反応由来」の3種類を示した。

自治体や企業と共同研究 将来は新たな学問分野に
喫煙によりニコチンが放出されるのは血液由来、汗をかいた後の酸っぱい臭いは皮膚腺由来、皮脂の酸化によって生じる加齢臭は表面反応由来といったように、科学的根拠に基づいた体臭の要因を特定。いまや皮膚ガス(体臭)研究の第一人者として、他分野の研究者との共同研究やメディア出演など、引く手あまたの存在となった。

今年9月からは群馬県高崎市の委託を受け、同市の特産品である梅の体臭改善効果について研究を始めた。梅に多く含まれるポリフェノールには加齢臭の改善効果が認められていることから、同市が新たな振興策につなげようと着目。研究室では、梅を食べた際の体臭の変化はもちろん、梅干し、梅エキスなどの成分も分析している。

「食品メーカーから同様の依頼を受けたことはありますが、ある程度仮説が立てられていて、最後の確認を担当することが多かった。今回はゼロから研究室で調査するため、学生や一般の被験者の協力を募りデータを収集する計画です。既存の商品の活用方法や、新商品の提案などにつなげたい」

皮膚ガスの検出には、企業と共同開発した測定デバイスを使用している。腕時計型ウェアラブル「アンモニア・インジケータ」は、ストレスや疲労がたまると皮膚から放散されるアンモニアの濃度により、薄黄色、黄色、ピンク、紫と4段階で変化する。

もともとは身体活動量を計測するために開発したものだが、テレビ番組で取り上げられた際、女性アナウンサーがウェアラブルを装着して走っても色が変わらなかった。

「おかしいな? と思いながらインタビューに答えていたら、途中で色が濃くなってきた。そこで初めて、アンモニアがストレスや緊張に反応することがわかったのです。思いもよらないところで新しい発見に出会える―こんなに面白いことはない、という思いが研究の原動力です」

皮膚ガス研究の大きな目標は、「いつでもどこでも体の臭いで健康診断」。ウェアラブルを装着するだけなら血液検査と違って体に負担がかからず、医療従事者でなくとも検査ができる。

「医学部や企業から多くの共同研究のお誘いがあり、ニーズを実感しています。今後は後進を育成するとともに、皮膚ガス研究を一つの学問分野として確立させたい」



Focus
多彩な研究活動の軸は
「人々の役に立つ」ため



子どものころの夢は小説家。読み書きが好きで、「理系の勉強は今も好きなわけではない」と笑う。そんな関根教授が化学の道に進んだきっかけは、愛するペットの健康を守るためだった。

「高校生のころ、環境汚染や地球温暖化が世界的に問題視され、メディアで大きく取り上げられるようになりました。東京で生まれ育った自分にとって身近な問題。実家では犬と猫を飼っていたので、『この子たちが健康に暮らせる社会をつくるにはどうすればいいか』と考え、環境問題を解決する人になるため、理系を専攻しました」

研究者の道に進み、大学院生時代には東アジア地域における微小粒子状物質(PM2・
5)の越境汚染の実態解明に尽力。就職後はシックハウス症候群など室内の環境汚染に関する研究に取り組み、空気清浄機の開発などに携わった。

皮膚ガスの研究では医療への応用以外にも、食品や化粧品、自動車などのメーカーと連携し、商品開発に取り組んでいる。

「どの研究も、“人々の役に立ちたい”という思いがあるから取り組んできた。最初から今まで、その軸は変わりません」

今日も自宅では、愛犬と愛猫が主人の帰りを待っている。

 

せきね・よしか
1966年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院理工学研究科応用化学専攻を修了後、日立化成工業㈱筑波開発研究所に勤務。93年に東海大学大学院理学研究科にて博士号(理学)を取得。2000年から理学部化学科に着任。専門は環境化学、無機化学、微量分析。

(写真)皮膚ガスを検出するウェアラブルデバイス。首の後ろや手首などに装着し、色の変化や化学分析により皮膚ガス成分を調べる

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