Column:Interview
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2020年6月1日号
【卒業生訪問!】母国から4000台の人工呼吸器を受注
株式会社メトラン 代表取締役会長
チャン・ゴック・フックさん(工学部1971年度卒)


人工呼吸器などの医療機器の開発製造・販売を手がける株式会社メトランの創業者で代表取締役会長のチャン・ゴック・フック(日本名=新田一福)さん。新型コロナウイルス感染症の広がりを受け、ベトナムから受注した人工呼吸器4000台の生産を急ピッチで進めている。

1947年にベトナム・フエ市で生まれ、68年に私費留学生として来日した。「中流家庭の“ドラ息子”でしたから、具体的な将来の目標があったわけではありません。当時は留学先として欧米が人気だった中で、日本を選んだのは私自身が空手や合気道をやっていて日本に憧れがあったから」

東海大学で過ごした4年間は、「ベトナム戦争が激しくなり、両親とも連絡がとれなくなった時期。送金がなくなり、やむを得ずアルバイトを始めましたが、社会勉強になった」と振り返る。

公害が問題視されていた日本を見て、「いずれ帰国したらヤシ油を原料に洗剤を作る会社を興したい」と考えた。卒業後も日本の企業で実践的に学ぶつもりだったが、第一次オイルショックで希望のメーカーはどこも採用の余裕がない。担当教授に相談すると、医療機器の会社を紹介された。「医療の知識は全くなかった」にもかかわらず、フックさんは持ち前の好 奇心と積極性で新たな道を切り拓いていく。

生死に直結する医療器具 世界各国で命を救う
開発を任されて着目したのは、日本のメーカーがほとんど参入していなかった人工呼吸器。「万が一、機械が壊れれば患者の死に直結するだけにリスクが高い。でも、誰かがやらなければいけないと考え、今ではこの仕事にやりがいを感じています」

そのころ、ベトナムは戦争終結とともに共産主義国家となり、母国で起業することが難しい状況になっていた。悩んだ結果、日本に残る決意をしたフックさんは35歳のとき、現場の医師たちと連携しながら肺への負担が少ない新生児用の人工呼吸器を開発。その後独立してメトランを創立し、日本に帰化した。メトラン製の新生児用人工呼吸器は現在、日本はもとより、世界各国で子どもたちの命を救っている。

今回、母国に貢献できることについて「素直にうれしい」と語り、72歳となった今でも新たな夢への歩みを止めない。

フックさんは現役東海大生に向けて、次のようなメッセージを送ってくれた。「やりたいことがあっても、それで生活していけるかはわかりません。でも、できる限り挑戦してほしい。もちろん大変ですが、私自身もこれまで、目標に向かって突き進んできたことにとても幸せを感じています」

 
(写真)自身の研究で故郷に貢献するフックさん