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2020年6月1日号
運動習慣の大切さ伝える
保育施設で体力調査
体育学部生涯スポーツ学科 野坂俊弥 教授

現代の小学校3、4年生を対象に跳躍、投球など7種類の体力測定結果を5段階評価すると、25年前の5歳児と同程度の動作発達段階結果といわれている(「1985年と2007年との動作得点の比較(山梨大学中村和彦ら2009)」より)。子どもの体力・運動能力はなぜ年々衰えているのか?幼少期における運動習慣の重要性を、体育学部生涯スポーツ学科の野坂俊弥教授に聞いた。

東海大学全学部の1年生が対象の必修科目「健康・フィットネス理論実習」では例年、春に体力測定が行われる。しかし 測定する以前に、「足がもつれてしまい50メートルを完走できない学生や、ボールを真っすぐ投げられない学生が増えている」と野坂教授は指摘する。

文部科学省・スポーツ庁が毎年実施している「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」によると、子どもの体力と運動能力は1985年ごろを境に低下している。

「人間の複雑な動きは、回る、ぶら下がる、起きるなど 36種類の基本的な動きに支えられています。10歳ごろまでの”ゴ ールデンエイジ”と呼ばれる時期に基本的な動きを多く経験することで複雑な動きができるようになる。しかし、近年は『危険だから』と公園の遊具が次々と撤去され、テレビゲームなどの普及で、幼少期に十分な運動ができていない子どもが増えています」

この事態に歯止めをかけようと、全国の自治体ではゴールデンエイジの子どもを対象とした運動教室を開くといった取り組みも広がっている。野坂教授も2011年度から、自宅がある長野県駒ヶ根市の教育委員会の委託を受け、市内10カ所の保育施設で体力調査を始めた。年長園児を対象に、立ち幅跳び、25メートル走など4種目を計測。調査開始当初は全国平均とほぼ同等の結果だったが、次年度以降は少しずつ数値が向上していった。

「毎年測定以外は何もしていませんでしたが、各園で測定に向けた練習を日常的に取り入れるようになったことが要因でした。10園で実施していましたから、競争意識もあったようです(笑)」

野坂教授にとってこの流れは想定外だったが、幼少期の運動不足には保育士の運動指導に対する知識と取り組みが大きくかかわることに気づいたという。「保育士として働いている人のほとんどが85年以降に生まれた世代です。自らが幼少期に十分な運動をできていない分、どういった運動を遊びの中に取り入れていくべきなのかわからないのは仕方ありません。 我々専門家が、効果的で安全な”動遊び”教えることで、子どもたちの体力を向上させられると考えました」

科学的根拠を示し理解と信頼を深める
野坂教授は、「運動遊びを通じた幼児の体力・運動能力改善に向けた取り組み」の研究で、今年度の東海大学連合後援会研究助成金に採択を受けた。駒ヶ根市での体力測定に加え、幼児体育を専門とする同学科の知念嘉史准教授と連携し、保育士を対象とした運動遊びの講 習会を開催する計画だ。

「子どもは、仲間・空間・時間の“3つの間”を与えれば、自分たちでルールを決めて遊びを生み出す。保育士の方々にはその環境づくりの方法や、安全面での注意点を踏まえた運動プログラムを提案していく予定です」

今年度の調査では各種目の実施に加え、血中ヘモグロビン量の測定も行う。ヘモグロビンは人間の血液に含まれるたんぱく質の一種で、全身に酸素を運び、不足すると貧血などを引き起こす。

「体育学部体育学科の小澤治夫元教授が東海大の付属校の生徒を対象に実施した調査では、血中ヘモグロビン量の低い生徒は体力・運動能力、学業成績が平均より低い傾向にあると示されまし た。ヘモグロビン量が多 いと持久力向上やスタミナの維持につながるた め、園児の体力・運動能力測定に有効です。データを示すことで安心してもらえますし、調査対象 外の施設にも、『うちもやってみよう』と広まることを期待しています」



Focus
“昔取った杵柄”は通用しない



高校時代は陸上競技部に所属し、全国高校総体育大会の三段跳びで決勝進出を果たした。研究者の道に進んだきっかけは、チームメートとの別れだった。「同級生が突然死し、はっきりとした原因はわからずじまい。これを機に、運動が体に与える影響を知りたいと思い、大学に進学しました。研究・調査する中でわかったのは、年間約100人の小中高生が学校生活の中で亡くなっていること。けがや熱中症など死因はさまざまですが、保健体育の教員は皆、運動能力を伸ばすことと安全性のジレンマの中で指導していると思います。生理学や解剖学の勉強をおろそかにしてしまう学生は多いのですが、運動を指導するうえで科学的な知見を深めることは重要」と訴える。

特に力を入れてきたのが動脈硬化の研究だ。「運動すると動脈が柔らかくなり、心臓から全身へ血液を送る速度が上がることで動脈硬化を防ぐことができます。若いころは運動していても大人になってから何もしていないという人と、昔は運動をしていなかったが大人に なってから始めたという人とでは、後者のほうが動脈は柔らかい。昔取った杵柄は、血管には通用しません。中高年でも、”今から始めても変わらない”ということはない」と力説する。

また、「子どものころ運動嫌いになってしまうと、大人になってから始めようという気持ちになりにくい。保育施設や家庭で、子どもを運動好きにさせることが彼らの将来の体を守ることにもつながります。人は生涯にわたって運動を続けていくべきであり、そのサポートをしていくのが我々研究者の役目です」。

 
(図)野坂教授が11年度から18年度まで実施した、長野県駒ヶ根市にある保育施設10園における体力測定の総合成績(5点満点)の平均値推移。数値は年々上昇傾向にある
(写真)昨年度の体力測定(25メートル走)

のさか・としや 1962年大阪市生まれ。早稲田大学教育学部卒業。筑波大学体育研究科修了。博士(スポーツ医学)。筑波大学体育科学系技官、長野県看護大学、静岡福祉大学などを経て2014年度から現職。