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2011年2月1日号
Close Up HERO 駅伝チーム・河野選手
仲間の支えを糧に4年間挑んだ山道
河野晴友 選手(体育学部4年)

山道を約18キロ上り続ける5区と、標高差864メートルを一気に駆け下りる6区。箱根駅伝の象徴ともいえるこの過酷な“箱根の山”に、4年連続で挑んだ。

河野選手は、大学入学当初から山への意欲が人一倍強かった。幼いころから故郷・栃木県で起伏のある場所を走り込み「自分の強みはアップダウンのあるコースが得意なこと」と語っていた。

中学3年時には都道府県対抗駅伝の2区で区間賞を獲得した。新居監督からもその潜在能力を買われ、1年時から箱根駅伝に出場。それも、念願だった5区での起用だった。結果は区間12位。ルーキーとしてはまずまずの出だしだった。

しかし、河野選手にとってつらい思い出となったのが2年時だ。2年連続で山上りに挑んだが、寒さの影響で体が動かなくなり、結果はまさかの区間最下位(23位)。総合順位も7位から21位まで落としてしまった。「精神的に弱かった。箱根の山の重圧に勝てなかった」と語り、レース直後はしばらく立ち直るのが難しかったという。

それでも山に挑むことをやめなかった。3年時からは下りの6区に挑戦。どん底からの復活には仲間の支えがあった「皆の励ましで吹っ切れたし、また挑戦しようと思えた」。3年時は区間11位、4年時は区間7位と、総合順位をほぼ落とすことなくタスキをつなぎ、過去の汚名をしっかりと返上した。

「山を走ることにはずっとプレッシャーがついて回った。でも4年間で最後まで走り切る精神力がついた。山は自分を大きく成長させてくれた」区間賞やごぼう抜きといった派手さはない。しかし、過酷で重要なこの区間を4年間全うした河野選手の功績は、決して小さくないはずだ。(高橋佳美・教養学部4年)

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