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2011年2月1日号
箱根駅伝40年連続出場決めた!
総合4位でシード権奪取

第87回東京箱根間往復大学駅伝競走が、今年も1月2、3の両日に行われた。予選会を6位で突破し、39年連続39回目の出場となった東海大学陸上競技部駅伝チームは、往路3位、復路8位で総合4位に入賞。学生長距離界きっての実力を持つ下級生の快走と4年生の意地が、4年ぶりのシード権をもたらした。また、2区で17人抜きの快走を見せた村澤明伸選手(体育学部2年)が、東海大学では佐藤悠基選手(2008年度卒・日清食品グループ)以来2人目となる金栗四三杯(最優秀選手賞)を受賞した。

2区村澤 3区元村 5区早川 3本柱の快走で往路3位

最終10区で途中棄権した2007年度以降、18位、12位と3年続けてシード落ち。04年度には往路優勝も成し遂げたチームは、長いトンネルから抜け出せずにいた。

今回も決して幸先のいいスタートとはいえなかった。村澤明伸選手(体育学部2年)にタスキが渡った時点でチームはまさかの最下位だった。それでもエースが、同区の日本人選手としては3人目となる1時間6分台をマークして17人を抜き去り、東海大初の2区区間賞を獲得。一気に3位まで順位を上げた。

続く3区。ルーキーで唯一出走した元村大地選手(同1年)は、「村澤さんが作ってくれた勢いに乗ろうと思った」と言う。「積極的な走りを見せてほしい」という新居利広駅伝監督(体育学部教授)の期待にもしっかり応え、区間3位で2位に浮上した。

“天下の険”山上り 早川、区間5位と健闘

「1区の出遅れは親からの電話で知りました。でも村澤なら何とかしてくれると思った。あとは自分がどれだけ走れるか」。小田原中継所で待つ早川翼選手(理学部2年)は、焦ることなくいつも通りにアップをしていた。

今年度は10月の予選会で日本人トップにつけ、チームを本戦出場に導くなど、エース格に成長した。前回大会は3区6位。2度目となる箱根路は、10区間中最長の23.4キロ、標高差864メートルを誇る“天下の険”5区山上りに挑んだ。

2位で受けたタスキを胸にスタートを切る。「最初の5キロは突っ込んで入った」が、7キロ手前で柏原竜二選手(東洋大学3年)に追いつかれると、思わず苦笑い。「もう来たのか、と驚きました」。

“山の神”に先行を許しても必死に前を追った。「ラスト3キロは特にきつかった。上ってきた分、最後の下りは体が反ってしまって……」。そう振り返りながらも、トップとの差を小田原中継所より20秒つめ、1分57秒差の3位で終えた。

翌日の復路は5人の4年生がタスキをつないだ。6区・河野晴友選手(体育学部4年)が、区間賞を獲得した駒澤大学にかわされたものの、最後まで4位をキープ。前回大会の優勝タイムを上回る11時間8分12秒でゴールに飛び込んだ。「4年生で復路優勝とはいかなかったけれど、みんな力は出し切れたと思う」と金子太郎駅伝主将(同)。「来年は40回目の節目の出場。総合優勝は後輩に託します」

村澤選手が最優秀選手に

まさに“エースの走り”だった。村澤選手がタスキを受けた時点でチームはまさかの最下位。それでも、「焦りはなかった。自分の走りをするだけ」と猛然と前を追った。

最初の5キロを14分08秒で入り、6キロ手前で団子状態の4位集団を一気に抜き去った。「ちょっと飛ばしすぎじゃないか……」という新居利広駅伝監督(体育学部教授)の心配をよそに、最後は予選会個人トップの留学生選手をも振り切った。

区間歴代4位の1時間6分52秒で堂々の区間賞。チームを3位に押し上げる圧巻の走りに、応援にかけつけた佐藤選手も「学生トップレベルの素晴らしい走りを見せてくれた」と絶賛した。

「コンディションもよく、力以上のものが出せた。すべての条件がかみあって、思い描いていた中で最高の走りができた」と振り返った村澤選手。しかし金栗杯について問われると、「優勝メダルのほうが欲しかった」と一言。「東海大はまだまだ強くなれる。来年は1位になりたい」

記者の目から〜最後に見せた“4年生の意地”〜

アンカーの藤井勘太選手(体育学部4年)が最後の力を振り絞り、並走してきた明治大学を振り切った。復路は5人の4年生でつないで総合4位。新居監督は「最上級生として最後に結果を残したいという思いはあったと思う。粘り強く走ってくれた」とたたえた。

現4年生は高校時代から実績のある選手が多く、入学当初から期待された学年だった。しかし、下級生のころは伊達秀晃選手(2007年度卒・中国電力)や佐藤悠基選手( 08年度卒・日清食品グループ)が上にいて、上級生になると今度は村澤選手や早川選手が入学してきた。

先輩・後輩の活躍に押され、なかなか思ったような結果が残せない。駅伝のメンバーから外れると、「走る意味を見失った」(藤井選手)。けがや不調に苦しみ、「辞めたいと思ったこともある」と口々に言う。それでも、「箱根駅伝を走ることは陸上を始めたときからの目標。あきらめることはできなかった」(永田慎介選手・体育学部4年)。

前回大会が終わったあと、金子主将は「次は総合優勝」という大きな目標を掲げた。3年連続でシード権すら取れないチームに周囲の声は冷たかったが、“最後”にかける4年生の思いは揺るがなかった。「気持ちを切らさず、最後まで一番頑張っていたのは4年生。練習でも私生活でも引っ張ってくれた」とルーキーの元村選手は言う。

「ここまで後輩たちに頼ってきたのは事実で、本当に頭が上がらないんですけど……」。藤井選手はそう前置きした上で続けた。「最後の箱根駅伝では、後輩たちを生かす走りをしようと4年生で話してきた。少しは意地を見せられたかな」と笑った。 (恵)

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(写真上)東海大の大応援団の前を通過する早川選手。「15キロまでは楽しんで走れたが、後半はやはりきつかった。沿道の声援にすごく力をもらいました」
(写真中)2区走者としては史上初の最優秀選手となった村澤選手
(写真下)ゴール後、仲間に拍手で迎えられ、ガッツポーズを見せた藤井選手