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コラム

2011/11/01
文系・理系の枠にとらわれず、先生方の専門分野や活動から共通テーマについて考察。文理融合の精神が生きる東海大学の教育・研究を発信します
(Back Number掲載中)

「震災・防災を考える」③

農学部応用植物科学科 松田靖 講師

数十年先の未来を見つめ
塩に強い植物の開発に挑む


今回の大震災による農業的なダメージは、放射線物質と塩による汚染であることは疑う余地もない。放射能汚染については土壌表面の汚染であり、ゴルフ場や公園の芝地はすべてを取り除くのではなく、芝草の地下茎を残しつつ地上部を刈り取ることで十分除染できることが、先日開催された日本芝草学会でも報告されている。これは、イネやシバなどのイネ科草種が高いセシウム吸収能を持つことも影響しているが、その多くが土壌中に固定されていないことにも起因している。

これに対し、津波による海水中の塩の多くは土壌内に浸透しており、作物の生産に影響することが懸念されている。2004年に津波の被害を受けたインドネシアのスマトラ島一帯では、雨期の豪雨による除塩効果もあり3年で回復した。東北ではより積極的な除塩作業による早期の回復が計画されているが、それでも2、3年は必要だとする声も聞かれる。

この夏、津波による塩害をこうむった地域の一部で、「塩トマト」の栽培が試みられたとの報道があった。これは、かつて台風による高潮被害を受けた熊本県八代地方の塩を含む土壌で生産されているトマトで、果物と同等の8度以上の糖度を持つブランド野菜として知られている。普段見かけるトマトの半分ほどのサイズで皮も硬く、糖度が非常に高いため、特別な品種が栽培されていると思っている人が多い。ところがこの塩トマトは、全国的に栽培されているものと同じ品種なのである。それなのに、なぜ八代産だけが特別なのか?

もともと南アメリカ大陸のアンデス地方というやせた土地が原産地であるトマトは、ストレスに対する耐性が強く、他の栽培植物に比べると多少の塩を含む土壌条件下で生育する。ただその際、果実のサイズは小さくなり、水分量が減少するため果糖濃度が上昇する。高潮被害によって生まれた塩トマトは当初、規格外のため売り物にならないとされていた。それが生産者の努力により、被害を逆手に取ったブランドとして生まれ変わったのである。

植物は時として、思いもよらない力を見せることがある。塩トマトも、初めから甘くなることを予想して栽培が始められたわけではない。人はこのような植物の特徴を生かして、自分たちの生活に役立つように改良してきた。しかし「育種」と呼ばれるこのような改良を行うには、まず交配親となる遺伝資源を評価して交配し、多くの個体から希望する形質を持つものを選抜する必要がある。数年の期間で達成できるものではなく、20年以上先の未来を見据えて進められている。

私たちは現在、水俣湾の無人島・恋路島で満潮時には海面下に沈む芝草を採集し、これを利用しての耐塩性育種を行っているが、実用化まではまだ時間がかかる。鉢植えにされた選抜中の個体を見ながら、ふと思った。もう少し早く手がけていれば、今回の震災復興に対して少しは力になれたかもしれないと。

 
(写真)水俣湾の恋路島の海岸に自生している芝草。ここから新しい品種が生み出されるかもしれない

まつだ・やすし 1967年福岡県生まれ。宮崎大学農学部卒業。鹿児島大学大学院連合農学研究科生物生産科学専攻を修了。専門は植物育種学。日本育種学会、日本芝草学会などに所属。

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