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コラム

2017/01/01
文系・理系の枠にとらわれず、先生方の専門分野や活動から共通テーマについて考察。文理融合の精神が生きる東海大学の教育・研究を発信します
(Back Number掲載中)

「幸福を考える」⑨

医学部医学科基礎医学系 阿部幸一郎 准教授

生物学的に見た幸せとは
楽の中に苦、苦の中に楽を探す


幸せは、誰にとっても重要なことである。しかし、幸福とは主体と客体が入り交じり、時代とともに変化し、共通のイメージを持つことは難しい。幸福とは何か、あるいはなぜ幸福になりたいのかなどを議論すれば哲学的な問題となる。しかし、どのように幸福を感じるか、あるいはその感覚がどのように発達し、進化してきたかということは、生物学的な問題であるように思える。そこで、本コラムでは、私の専門としている生物学において、幸福について考えてみたいと思う。

まず、幸福を感じている状態を科学的に分析してみたい。幸福は人それぞれに主観的なものではあるが、幸福を感じるメカニズムについては共通性がある。つまり、生物学的に見れば、幸福は脳内に起こる一定の状態であり、我々の脳では、ある化学物質が引き金となって、幸福を感じる神経回路が興奮することにより幸せを感じるのである。この神経回路は、麻薬などの化学物質によっても興奮する。このことは、幸福感は、一面では特定の化学物質が働く経路を刺激すればつくり出せるということである。

しかし、ご存じのように、麻薬の服用は依存症を引き起こし、回復が困難なほどのダメージを精神と身体に与える。また、常に幸福感を感じる多幸症という精神疾患は、さまざまな社会的生活における障害を引き起こす。つまり、医学的に見れば、何らかの理由で幸福感が持続するのは決してよいことではなく、逆に危険なことなのである。

それでは、このような幸福を感じる神経回路はどのようにできてきたのであろうか。通常はこのような回路は、我々を取り巻く外界と呼応する。地球上では、日周期、月周期や季節性といった周期的変動がある。これらの環境に対応するために、我々自身も周期性を内包するようになっている。たぶん、多くの人が共通して、幸福を感じやすい時間帯や曜日、季節などがあると思われる。

また、我々人類は、捕食者などさまざまな危険に対して恐怖を感じて回避し、飢餓や窮乏に耐えて生き延びてきた。つまり、自然の中では危険から逃れられれば安心し、窮乏が解消されれば満足する。よって、「不安と安心」「窮乏と満足」を感じる神経回路はそれら単独では意味がないので、組み合わさって発達したと考えられる。幸せを感じることは、これほど単純ではないが、環境に応じてこのような単純なシステムがもとになって進化したのではないだろうか。

幸せと不幸を感じるシステムは周期の中にあって相互に影響すると考えれば、先に述べたように常に幸福を感じるようなどちらか一方の状態になってしまうことは、生物にとって危険であることが理解できる。よって、幸せと不幸を交互に感じることは生物には自然であり、実は、このことが我々にとっての本当の幸せかもしれない。

このように考えれば、楽の中に苦を見つけ、苦の中にも楽を見つけて、常に前を向いて人生を進んでいけるような気がしている。(幸せについて語ってくれた多くの同僚、学生、大学院生に心から感謝します)

 


あべ・こういちろう 1968年東京都生まれ。熊本大学大学院自然科学研究科博士課程修了。博士(理学)。基礎医学系分子生命科学に所属し、モデルマウスを用いた骨格系疾患の病態解明に取り組む。

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