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コラム

2017/08/01
何度も読み返した小説やマンガ、学生時代に読み込んだ教科書、人生を変えた一冊など、東海大学の先生方が大切にしている本を紹介します。

『純粋理性批判』


「われ嬉しい、故にわれあり」
政治経済学部経済学科 門川和男講師



疑いようのないものを疑ってみる。カントは、目の前にあるそのコップでさえ、その存在を証明することができないことを明らかにした。つまり、コップが存在しなくても、そのコップが存在するかのように見せかけるような、別の何かがありさえすれば、実際にはコップが存在していなくとも、コップがあるように信じ込ませるには十分になる。

たとえば、私たちが夢の中で目にするコップは、実際には存在しない。しかし、夢を見ている間だけは、そのコップがあることを信じて疑わない。これは脳神経の伝達信号の働きによって、そのコップが存在するかのように思い込まされているからである。

これがまさに、カントの言わんとしていることであり、そのコップが存在するかのように見せかけるような、別の何かがあれば十分なのである。

カントは誰もが信じて疑わないものに、たった一人で問いを投げかけ続け、それまで誰も思いつくことができなかった、斬新な疑問を発見した。

そして、その発見は「コペルニクス的転回」として、哲学史に大きな変革の波をもたらすことになる。後にカントは、徹底した自己懐疑と自己批判の末に、人間の心という、唯一絶対に疑いようのないものにたどり着く。

デカルトが「われ思う、故にわれあり」ならば、カントは「われ嬉しい、故にわれあり」「われ哀しい、故にわれあり」「われ楽しい、故にわれあり」「われ苦しい、故にわれあり」である。そして、すべての行動規範を、自分自身のありのままの心に従わせるように、「定言命法」という道徳法則を定式化する。

それでは、なぜカントは目の前のコップの存在にさえ疑問を抱き、そのような発見をすることができたのだろうか。それはカント自身が、この世界に対して真摯に向き合い、真実の探求において妥協をしなかったからであろう。そして何より、カントが自らの存在に対して誠実に向き合い、その心のあり方に正直であり続ける勇気があったからであろう。

この自らの心に素直に従い、世界に対して好奇心を抱き続ける姿勢は、古今東西を問わず、すべての学生が見習うべき姿勢であり、その姿勢から、すべての学問の進歩が生まれるに違いない。


『純粋理性批判』
カント著/篠田英雄訳
岩波文庫

 
かどかわ・かずお 1975年山口県生まれ。ロンドン大学院(UCL)地理学研究科経済地理学専攻修了。専門は経済地理学。著書に『日本の産業立地と地域構造』などがある

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