コラム
2020/07/01
なぜケニア人は速いのか
スポーツ医科学研究所 丹治史弥助教
かつてマラソンは日本人のお家芸でした。ところが現在、世界と日本のマラソン競技力の差は開く一方です。
2020年5月現在、世界歴代100傑に日本人は大迫傑選手がいるのみで、90パーセント以上はケニア、エチオピアといった東アフリカ出身の選手が占めています。19年には、現世界記録保持者のエリウド・キプチョゲ選手が非公認ながら人類で初めてマラソン2時間の壁を破る記録を打ち立て、世界中の人々が驚愕しました。
本書は12年ロンドン五輪大会直前に放送されたNHKスペシャル・ミラクルボディという番組で「マラソン最強軍団」という特集が組まれた際の取材記録をまとめたものです。
12年1月、当時世界記録保持者であったパトリック・マカウ選手と日本人トップランナーであった山本亮選手 (ロンドン五輪日本代表) が東京の国立スポーツ科学センターに来訪し、さまざまな実験を実施したことが記されています。日本の運動生理学者、生体力学者、解剖学者など多様な分野の研究者が集結し、ケニア人ランナーの強さについて、日本人ランナーと比較し、検討されました。
当時大学4年生だった私は、幸運なことにこの一大プロジェクトに測定補助者として携わりました。
「こんな研究者たちの一員になりたい!」「我が国のトップアスリートが世界で活躍できるような情報を提供したい!」と心を躍らせ、さまざまな要因が複雑に影響し合うマラソンパフォーマンスに対し、たくさんの研究者が検討しながら形に残していく過程は非常に刺激的なものでした。この経験が現在の私の研究心の基盤になっています。
本書では研究成果だけでなく、東アフリカの選手がマラソンで活躍し、家族を養うための賞金獲得に途方もない努力をしていることが示されています。トレーニングや自律した日常のふるまいの結果得られる「揺るがない自信」こそが、彼らの強さの一番の要因なのかもしれません。
一攫千金を狙う東アフリカの選手と探求心あふれる世界中の研究者たち。立場は異なるが、それぞれの目標のために挑戦している姿が書かれた本書は、私にとって当初のモチベーションを思い出させてくれる大切な一冊です。
『42.195kmの科学 マラソン「つま先着地」vs「かかと着地」』
NHKスペシャル取材班著
角川oneテーマ21
たんじ・ふみや 1990年奈良県生まれ。筑波大学体育 専門学群卒業。同大学院人間総合科学研究科体育科学専攻修了。博士(体育科学)。専門は運動生理学、低酸素トレーニング。国立スポーツ科学センター研究員を経て現職。
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