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コラム

2018/06/01
何度も読み返した小説やマンガ、学生時代に読み込んだ教科書、人生を変えた一冊など、東海大学の先生方が大切にしている本を紹介します。

『バナナと日本人―フィリピン農園と食卓のあいだ―』


青臭い正義感を呼び起こす
現代教養センター 二ノ宮リムさち 准教授



おいしくて手軽。料理はしないが“これは買う”という学生も多いかも。そんな身近な「バナナ」だが、誰にどこでどのように育てられて私たちのもとへやってくるのか、普通は考えもしない。本書はそんな「バナナ」の実態を描いた1982年の名著。日本で売られるバナナの大半が生産されるフィリピンのミンダナオ島で話を聞き、資料を読み解き、多国籍企業による支配の仕組みに現地の生産者が巻き込まれていく過程を明らかにする。

この本を手に取った90年代半ば、大学生の私は夏休みの安旅行をきっかけに、東南アジアの心地よさと躍動感に「はまって」いた。一方で、偶然出会ったおじいさんから日本軍の蛮行を聞いたり、トラックで次々と運ばれる大きな丸太が日本へ輸出されていくことを知ったり、物乞いをする子どもたちに話しかけられたり、自分が生まれ育った国とこの地域の関係に居心地の悪さを感じてもいた。

そんな私にとって、著者の「身近であればこそ、スーパーで見かける果物だからこそ、それを見つめることによって、日本と東南アジア、広くいえば第三世界との関係が、私たち一人ひとりに直接結びついた問題としてリアルに見えてくるのではないか」という問いかけは響いた。経済的な利益を追い求める企業、圧倒的な力関係のもとで逃げ場なく貧しくなっていく人々、そしてそこに大きな影響力を持ちながら実態を知ることのない日本の消費者という構造に、若者らしい強烈な罪悪感と正義感を抱いた。

その後私は、バナナではなく木材に関する東南アジアと日本の貿易を卒論のテーマとし、卒業後は東南アジアの一国、マレーシアで森林保全のための環境教育に加わった。その中で、現実は本で読むよりも相当に複雑なこと、青臭い罪悪感や正義感は現場でほとんど何の役にも立たないこと、しかしそれぞれの立場で現実を変えようと行動する人々が国を越えてつながっていくことからしか世界は変わらないと知る。

本書との出会いから25年、ここで書かれた構造的な問題はいまだ残るが、「つくる責任・つかう責任」が盛り込まれた「持続可能な開発目標(SDGs)」への取り組みが始まり、「エシカル消費」という言葉が広がりつつある。ゆっくりであっても、世界は変わる。青臭い正義感、それを呼び起こす本との出会いは、現場ですぐに役立たなくても、人生を切り拓き世界を創り出す力になるとあらためて思う。

『バナナと日本人―フィリピン農園と食卓のあいだ―』
鶴見良行著
岩波新書

 
にのみやりむ・さち 1975年神奈川県生まれ。国際基督教大学教養学部卒業、グリフィス大学豪州環境学スクール環境教育修士課程修了、東京農工大学大学院連合農学研究科で博士(農学)取得。専門は環境教育、ESD(持続可能な開発のための教育)、社会教育。

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