コラム
2019/04/01
真のジャーナリストがここにいる
文化社会学部広報メディア学科 笠原一哉 講師
私は本書が扱った事件の、広い意味での関係者だった。
2006年の夏、新聞記者をしていた私は、横山ゆかりちゃんの母親と向き合っていた。群馬県太田市のパチンコ店で、当時4歳だったゆかりちゃんが突然姿を消したのは1996年。行方不明となって10年の節目にあらためて話を聞くのが目的だった。パチンコ店に幼い子を連れて行ったことを責めたい気持ちも、少しあった。
だが、母親が絞り出すように語り始めると、自分の浅はかさに情けなくなった。「いけない場所に連れて行った……その後ろめたさに耐えられませんでした……」。写真の前にカップを置き、「喉が渇かないように」と、ジュースやお茶を毎日入れ替えていた。無事を願い続ける姿を目の当たりにし、新たな情報が集まることを祈りながら記事を書いた。
翌日、取材源の一人である警察幹部から「いい記事だったよ」と声をかけられ、私は一つの仕事を終えた気になっていた。
それからさらに10年後。本書を読み終えた私は再び、自分の愚かさに呆然とした。私の仕事は、終わってなどいなかったのだ。
週刊誌出身の事件記者である著者はまず、ゆかりちゃん事件とよく似た誘拐殺人事件がほかに4件も、半径10キロという狭いエリアで起きていることに気づく。
うち4番目に起きた「足利事件」だけは「犯人」の有罪判決が確定し、解決済みだった。だが、本当にそうなのか? もしこれが冤罪なら、5件は「同一犯による連続幼女誘拐殺人事件」である可能性が浮上する。そして、真犯人は今もどこかで平然と暮らしていることになる。
「考えられる限りの取材を続けるのが記者だ」という著者は、自身が納得するまで現場に足を運び、目撃者や遺族と向き合い続ける。そして足利事件の「犯人」が冤罪である可能性を何度も詳細に報道し、裁判のやり直しと無罪判決を実現。さらに事件の「真犯人」にまで迫るが、そこに「司法の闇」が立ちはだかる―。
読後、じわじわと全身を満たした恥ずかしさを今でも覚えている。警察の情報に頼らず、真実を追求し続けた著者。それに比べて自分はどうだっただろうか。マスコミは誰のために、何を報じるべきなのか。
とにかく多くの人に訴えたい。本書を読んでほしい。真のジャーナリストがここにいる。
『殺人犯はそこにいる』
清水潔著
新潮文庫
かさはら・かずや 1978年生まれ。2000年玉川大学文学部卒業。03年早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。読売新聞東京本社記者などを経て現職。共著に『現代社会への多様な眼差し』(晃洋書房)。
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