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コラム

2012/05/01
何度も読み返した小説やマンガ、学生時代に読み込んだ教科書、人生を変えた一冊など、東海大学の先生方が大切にしている本を紹介します。

『顔学への招待』


時代が求める顔と表情の科学
産業工学部電子知能システム工学科 井手口 健 教授


3カ月ほど前に、NHKスペシャルで「ヒューマン なぜ人間になれたのか」がシリーズで放映された。初回の内容は次のとおりであった。人間は無意識に顔の表情から心を読み解く能力を持った。これは他人との協力に欠かせない能力であり、これにより見ず知らずの人との分かち合いへと展開していった。そして社会ができ、人類は世界中に拡散した。

このとき思い出したのが、原島博先生の『顔学への招待』である。人間の顔は毛がなく口元が柔らかい。だから顔に表情が生まれ、表情によるコミュニケーションが可能になったと。人と社会の成り立ちを論ずる二つのメディア……文脈がつながって感じられた。この本は、1998年に岩波科学ライブラリーとして発行されたもの。原島先生が、文系・理系の枠をこえた多様な分野が交流、研究する場として顔学会を設立し、本書はその招待書である。

98年当時、私は某通信会社から大学に転職して間もないころであった。自分の専門分野とは異なる人間要素の強い学問にアプローチしようともがいていた。その時出会ったのが本書である。「今までの科学技術は論理的な方法論があって、それで扱える範囲に対象が限られていた。しかし人間は論理的だけでなく感性的な生き方をしている。特にコミュニケーションの場では、むしろ感性が重要な役割をしている」。だから今までとは全く違ったコミュニケーション工学が必要というのが先生の出発点。通信工学の枠組みを大きくこえる考え方に感銘を受けた。

本書は、今まで論じられてこなかった顔や表情を、心理学や情報学、人類学の観点から捉え、人にはなぜ顔があるのか、今の時代になぜ顔なのかなどをやさしくかつ興味深く論じている。そして、身近な顔を通して人間の本質を知り、社会を見つめることができる魅力を伝えている。

今、文理融合が声高に叫ばれている。この顔学は顔という対象を通じて文系・理系の枠をこえたさまざまな分野が交流する学際学問なのである。著者は語っている、「たかが顔、されど顔。……顔の研究は私自身を大きく変えました。学問に対する姿勢、未来の工学のあり方、そして人間と社会の見方を」と。

ぜひ皆さんにお勧めしたい一冊である。最後に一言、自分の顔に責任を持とう、顔は心の窓だから。

『顔学への招待』
原島博著
岩波科学ライブラリー

 
いでぐち・つよし 1948年福岡県生まれ。九州大学工学部卒業。専門は環境電磁工学、感性工学。著書に『電磁ノイズ問題と対応技術』などがある。

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