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特集

2016/01/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

特別編 駅伝チームを強力サポート

科学を駆使して競技力を向上
スポーツ医科学研究所所長 寺尾 保 教授

科学的に裏打ちされた効果的なトレーニングを積んで、箱根駅伝(1月2日、3日)で上位進出へ――。陸上競技部駅伝チームは、昨年11月1日の全日本大学駅伝で2年連続のシード権を獲得するなど、着実に成績を上げてきた=表参照。低圧(高地トレーニング)室などを駆使して選手たちをサポートする、スポーツ医科学研究所所長の寺尾保教授を訪ねた。湘南校舎15号館にある低圧室では、標高0メートルから4000メートルまでと同じ環境下を再現でき、同時に3選手までトレーニングが可能。選手たちは、寺尾教授や両角速駅伝監督(体育学部准教授)が体調や試合日程を踏まえて考案したメニューに沿って、ランニングマシンやエアロバイクで体を動かしている。

練習中には、心拍数と動脈血酸素飽和度(SPO2)を計測。SPO2とは、酸素と赤血球中にあるヘモグロビンとの結合の割合を表す数値で、酸素がどの程度、生体内に行き渡っているかがわかる。これによって選手ごとの生体負担度が判断できるのだ。

「生体には元来、変化した環境に適応する能力が備わっています。高地では生体内がある程度の酸素不足になりますが、それが負荷となり、ヘモグロビンが増加し、酸素運搬能力が向上し、結果的に持久力が高まるのです」と寺尾教授は話す。

練習効果はスタミナ以外にも
高地環境で鍛えられるのは、持久力だけではない。「1時間ほど走った後に、スピードを上げて体を限界まで追い込むと、ラストスパート時に必要な無気的能力も鍛えられる」という。

さらに、昨年度から駅伝チームの寮に「低酸素テント」も導入。テント内の酸素濃度を標高3000メートルと同じ環境にでき、やはり体調や試合日程を考慮して指名された選手が睡眠をとる。寺尾教授は、「睡眠中、適度な低酸素負荷がかかり、高地順応力の向上が得られ、睡眠も深くなり、疲労回復にもつながります」と説明する。

コンディション評価で選手の調子を可視化
「低圧室などを駆使してさまざまな能力が向上しても、試合で勝てるわけではありません」と寺尾教授は言いきる。それは万全なコンディションで試合を迎えられてこそ、練習の成果が発揮できると考えられるからだ。

そこで寺尾教授は自律神経系に注目。「自律神経には交感神経と副交感神経があります。副交感神経が亢進しているときほど、疲労度が少なく、コンディションがよい状態だといえます」

選手たちは毎朝、起床時に心拍数を測定する。その心拍数を基に心拍変動解析を行い、自律神経活動量と交感神経、副交感神経のバランスを数値化。その数値を両角監督や選手らにフィードバックしている。両角監督は、「明確に数値で疲労度がわかるので、練習メニューの参考になります。試合で安定した成績を残せる要因」と話す。

白吉凌駅伝主将(体育学部4年)は、「今季の序盤はけがや体調不良で出遅れてしまいました。それでも、大学に低圧室などの充実した練習環境や医科学データがあるおかげで、今は調子も上がっている」と手応えを感じている様子だ。

寺尾教授は、「2013年の冬に大学が一体となって駅伝チームを盛り上げようと活動を始めた『箱根駅伝支援プロジェクト』の一員として、チームの成長を見続けてきました。万全の状態で試合に臨み、結果を残す選手を見るのは何よりもうれしい」とこれまでの研究を振り返っている。

(写真上)トレーニング中は選手の心拍数などに目を配るトレーニング中は選手の心拍数などに目を配る
(写真中)低酸素テントで眠る選手



focus
総合優勝するその日まで
選手たちを笑顔で支える


「お疲れさま! よく頑張ったぞ!」。レース後の選手たちを、ひと際大きな声でねぎらう寺尾教授。「強化に携わり、実践研究をするのが楽しくて仕方ないんですよ」

大学時代はフィギュアスケートの選手だった。しかし、「演技の後半に息が上がってしまうことが多くて……。悔しい思いもたくさんしました」と当時を振り返る。「少しでもスタミナアップしたい」と呼吸循環の強化について興味を持ち、勉強したことが運動生理学との出会いだった。

選手を引退し、28歳で大学院体育学研究科に入学し、34歳で医学研究科博士課程を修了した。これまでには、2008年の北京五輪に出場した水泳の金藤理絵選手(12年度大学院修了)ら多くのアスリートをサポートしてきた。

「私は東海大駅伝チームの一番のファン」と自負する。「スポーツ推薦で入学してきた選手が強くなるのはもちろん、高校時代に目立たなかった選手もどんどんと力をつけて駅伝で活躍しています。両角監督の指導力や選手の努力は本当に素晴らしい」と駅伝の話をするときは常に笑顔だ。

「今年も上位進出が期待できますし、総合優勝は着実に近づいています。私も全力でサポートしていきたいです」

 
てらお・たもつ 1950年福井県生まれ。医学博士。東海大学医学部講師を経て、95年にスポーツ医科学研究所講師に着任。2005年所長に就任。専門は運動生理学。日本運動生理学会理事。駅伝チームの夏合宿やレース会場にも帯同し、医科学データを基に実際の大会成績との比較検討を行っている。

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