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特集

2017/04/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

切らないがん治療を目指す

特別編 「がん幹細胞ニッチを標的とした新規治療法の開発」
幹細胞を育てる「畑」に着目

がんは、日本人の2人に1人がかかるといわれる国民病だ。これまでは患部を切除するか、放射線や抗がん剤による治療法が広く用いられてきた。医学部内科学系血液・腫瘍内科学の安藤潔教授を中心とする研究グループは、がん細胞を育てる「畑」の役割を持った「ニッチ」に着目。多角的な視野から病気全体への理解を深め、投薬による新たな治療法の確立に向けた研究に取り組んでいる。

「人の細胞は、種の役割を果たす幹細胞が自らのコピーを作ることで生成されます。コピーの際に起きるミスによってできるのが、がん幹細胞です。しかし、種が育つためには、養分を持った畑が不可欠なのと同じで、がん細胞も『ニッチ』がなければ育たない。その点に着目したのがこの研究です」と安藤教授は説明する。
 
2012年には学内のがん研究者らと共同で、文部科学省の「私立大学戦略的研究基盤形成支援事業」に「がん幹細胞ニッチを標的とした新規治療法の開発」を提案。5年間の採択を受けて研究を重ねてきた。

ニッチに働きかけるがん治療は世界初

研究は、「造血腫瘍」「乳がん」「婦人科がん」「消化器がん」と、ニッチの構成分子の一つである「Notch ligand(ノッチ・リガンド)」の5チームで展開してきた。
 
「乳がんのチームは、乳がんの特徴的な分子を攻撃するワクチンを開発し、臨床試験に向けて準備を進めています。また、婦人科がんの分野では、卵巣がんの診断に必要な分子の特定に成功し、診断薬の開発に着手しました。消化器がんのグループは、がんの増殖に伴ってがん細胞に栄養を供給する血管を標的とする治療法を開発するなど、大きな成果が出ています」
 
さらに、安藤教授が主導する造血腫瘍のグループは、先進生命科学研究所の平山令明所長や東北大学大学院医学研究科の宮田敏男教授らと共同で、「血液のがん」といわれる白血病の治療薬を研究している。
 
「ニッチに存在するPAI―1(パイワン)と呼ばれる分子の働きを阻害し、抗がん剤の効果を促進させる薬です。ニッチ内の特定物質をコントロールしてがんを治療するという方法は世界初。今年度中には白血病の患者さんを対象とした臨床試験(治験)を始める計画です」

最終目標は薬によるがんの根治
安藤教授はプロジェクトの背景について、「ベースには、1974年の医学部開設時から取り組んできた造血幹細胞移植の研究がある」と語る。40年あまりの研究を積み重ねて来た結果、医学部付属病院は国内で4件しかない骨髄移植の拠点病院に指定され、昨年6月には移植の症例が1000件をこえるなど有数の研究拠点となっている。「がん幹細胞は造血幹細胞と共通の特徴を持ち、同じようにニッチの影響を受けることもわかってきた。私たちの研究は、造血幹細胞移植の研究を応用したものです」と語る。
 
また、研究を充実、加速させた要因について、「研究室間の交流が活発で機器の相互使用が可能なため効率的に研究ができる。基礎研究の成果を臨床につなげる体制が整っていることも強み」と説明。「東海大学医学部だからこそ可能になった研究プロジェクト」と強調する。
 
「がん幹細胞のニッチについて多方面から研究したことで、がんと免疫細胞の関係などもわかってきました。最終目標は、薬を使って体に負担をかけずにがんを根治すること。文科省の支援を受けた期間は昨年度で終了しましたが、これまでの成果や構築してきたネットワークを生かしてがん治療への総合的なアプローチを続け、創薬や新たな治療法の研究開発を進めたい」

【もうひとつの話題】
「やりたい気持ち」を尊重し、若手研究者を育成

「若手研究者の育成も本プロジェクトの重要な目的の一つ。若い研究者が興味を持ったテーマをしっかりと研究できるよう、支援してきました」と安藤教授は語る。川井英嗣助教(血液・腫瘍内科学)も、こうした環境で大学院生のときから研究を続けている一人だ。

川井助教は東海大学医学部を卒業後、医学部付属病院で診療に携わりながら大学院医学研究科で研究に従事。同病院で治療を受けている患者の血液から発見された白血病の原因となる特異な遺伝子の機能を解析し、その結果を国内外で発表するなど大きな成果を上げてきた。

「医学部付属病院は症例が豊富です。日ごろの診療の中で疑問に思ったことを研究し、それを臨床につなげるというすべての流れを自ら手がけられるのも魅力」と川井助教は話す。
 
「大切にしているのは、一人ひとりの患者さんを丁寧に診察すること。そうした積み重ねの中から新たながんの標的を見つけ、治療薬の開発につなげたい」
 
(写真上)長年にわたって血液再生に関する研究に携わってきた安藤教授
(写真下)「新薬を開発し、いち早く患者さんに届けたい。その研究のために必要な環境が整っています」と話す川井助教
【Key Word】私立大学戦略的研究基盤形成支援事業
文部科学省が私立大学の研究基盤形成を支援するため、研究プロジェクトに対して重点的・総合的に補助する事業。最先端の研究や地域に根ざした研究などのプロジェクトを審査・選定し、研究施設や設備の整備費、研究費を補助する。研究拠点の形成に関する研究の採択期間は原則として5年間。

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