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特集

2017/08/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

動物園の“役割”を支える

動物とのよりよい関係とは?
農学部応用動物学科 伊藤秀一教授

昨年4月の熊本地震で被災した熊本市動植物園が2月に一部再開し、6月からは3割の動物が観覧できるようになり、親子連れや小学生のグループが連日檻の前に人だかりをつくっている。一方で同月には東京・上野動物園でジャイアントパンダの赤ちゃんが生まれるなど動物園が注目を集めている。レジャー、レクリエーションにと多くの人を楽しませる動物園の役割と未来を、動物行動学を専門とする農学部応用動物科学科の伊藤秀一教授に聞いた。

「これまでの動物園は珍しい動物を見せる、休日のひとときを過ごすなどを目的としたレクリエーション施設として存在してきました。しかし近年、それだけでは動物園は成り立たなくなっています。『レクリエーション』はもとより『種の保存』『教育・環境教育』『調査・研究』と4つの役割が求められています」と伊藤教授は語る。

特に野生動物研究の場としての役割が重要であるとされ、ヨーロッパやアメリカでは研究センターが併設されている施設も多いという。

「日本にも2013年に、京都市動物園に生き物・学び・研究センターが設立されるなど研究設備や専任の研究者を配置する園が増えてきてはいますが、その数はわずか。大学や研究機関との連携を強めていかなくてはなりません」と伊藤教授は指摘する。

AWの向上がカギ 動物が快適な環境に

動物園の役割を果たすために欠かせない概念が、伊藤教授が研究に取り組む「アニマルウェルフェア(AW)」だ。動物の福祉を意味するこの言葉は、人間が世話をしたり管理したり、または何らかの影響を及ぼす動物もしくはその集団について、生理、環境、栄養といった多角的な面で欲求が満たされていることで得られる幸福状態を指す。「もとは産業動物から発展した概念で、『殺さない』ではなく苦痛・苦悩を取り除くこと、過度なストレス環境で飼育しないことを目指すものです」

檻に入れられた飼育動物はしばしば「異常行動」と呼ばれるしぐさを見せる。「産業動物の世界でも、牛は吸乳行動が抑制されたり、粗飼料が不足したり、放牧から係留されると『舌遊び』という行為を見せます。これらは置かれている環境が単調なため発現するもので、飼育環境がその動物に適していないことの裏づけになります。異常な状態の動物は研究対象にはなり得ず、教育面でも配慮が必要です。だからこそ飼育されている動物園でもAWについて考慮する必要があるのです」

言葉を交わすことのできない動物だが、その行動を観察し定量化することで、快適に過ごせているか、そのためにどのような飼育法がよいのかを明らかにしていく。

「多くの動物園ではAW向上を目的として、動物が持つさまざまな行動が発現できる施設で飼育する『行動展示』で知られる『環境エンリッチメント』が導入されています」

観察と定量化で最適な飼育法を探る

伊藤教授の研究室では研究の一環で、熊本市動植物園で飼育されているニホンザルの行動を記録。コンクリートの床で木製のタワーがついた檻型施設と土の地面で樹木を配した生息環境展示型施設の双方でどのような行動をとるのか調査した。

「その結果、飼育施設を生息環境展示に変更しても活動的な行動はほとんど増加しないという結果が得られました。これは人間が『動物にとって快適そう』と感じる施設でも、飼育されている動物には関係がないことの表れであると考えられます。だからこそ、動物を管理する際には必ず検証を重ねる必要があり、それがAW向上の実現につながるのです」

動物とのよりよい関係を築くために、その行動・能力・環境の理解が重要と語る伊藤教授。「将来的にはさまざまな動物の飼育方法や環境を一般化し、世界中に普及させることで動物園や家畜管理を支えたい。それが動物行動学者としての仕事です」


focus
カメラは研究の相棒
家畜の魅力を伝えていきたい


研究室でも、阿蘇校舎の実習牧場でも、研究で訪れる動物園でも、プライベートでも、愛機のキヤノンは必ず傍らにある。

「高校時代は名機と呼ばれたニコンFEに300㍉の望遠レンズをつけて故郷の千葉県で野鳥を追いかけていました。そのころから動物写真家への憧れが強かった」と振り返る伊藤教授。

「動物を病気にしないことが仕事」という畜産学研究の魅力に引かれて研究者の道に進んでからも、「動物行動学では調査対象の動物の姿形を記録する意味でも大切な道具」と、頼れる相棒としてシャッターを切り続けてきた。

2010年には研究を通じて撮りためたブタやウシ、ヒツジなどの写真をまとめた写真集『まきばなかま』(東海教育研究所刊)を出版。一昨年からは、動物を記録するための理論と技術について教える授業「動物科学表現・記録論」で、学生たちにカメラ操作の基本から撮影技術、表現方法を講義している。

「家畜についてデータで説明するよりも写真を一枚見せたほうが伝わることもある。それがカメラの魅力です。この仕事をしているからこそ撮れる貴重な姿も多いので、今後も彼らの表情や動きのかわいさ、美しさを伝えていきたい」

 
(写真上から)
▽熊本市動植物園で実施したニホンザルの行動観察。タブレット端末に摂食行動や移動・探索行動、休息行動といった行為を入力して数値化することで、展示方法が変わったことの影響を明らかにしていく
▽熊本市動植物園ではワオキツネザルの行動観察も行っている
▽山口県宇部市のときわ動物園ではシロテテナガザルの観察も

いとう・しゅういち 1972年千葉県生まれ。麻布大学獣医学部環境畜産学科卒業。同大学院獣医学研究科応用動物科学専攻修了。専門は応用動物行動学および動物福祉。

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