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特集

2024/01/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

適切なゲノム医療推進に向け

遺伝教育を充実させる

医学部看護学科 森屋宏美准教授

遺伝情報に基づく個々に応じた治療の推進や遺伝情報の保護、差別の防止などを掲げる「ゲノム医療法」=KeyWord参照=が昨年6月16日に施行された。がんや難病を中心にゲノム医療が進展する中、医学部看護学科の森屋宏美准教授は「遺伝教育」の重要性を訴える。「遺伝的多様性を認め合う時代に即した高校生向けがん教育方略の開発」に取り組む森屋准教授を訪ねた。

 

ゲノム医療の進展に伴い遺伝教育の内容は

生物から人へと変遷。すべての人に

遺伝的多様性の理解が求められている

「医療現場では遺伝学的検査を希望する患者さんに、約2万個の遺伝子のうち数十個程度は誰もが壊れていると説明します。遺伝子は多様で変異は誰にでもあることだと理解してもらえれば、検査結果に対する患者さんの受け止め方が変わります」

 

ただ、「こうした遺伝的多様性に対する理解が求められるのは医療の世界だけではない」と森屋准教授は指摘する。世界保健機関は『遺伝医学と遺伝サービスにおける倫理問題に関する国際ガイドライン』(1997年)で、「遺伝学はこの世に“優秀な遺伝子”または“劣勢な遺伝子”というものは存在しないことを教えてくれる」と記しており、人の多様性も存続も、遺伝的な多様性と環境の相互作用によると説いている。

 

「これは、患者さんや医療従事者だけでなく、全ての人々が認識しなければならない概念です。多くの人に、“遺伝性の疾患や障害があることも多様性の一つと考えられるのではないか”と気づいてほしい。そこで、効果的な遺伝教育法の開発を目指しました」

 

色水を混ぜる遊びで園児に遺伝を伝える 

森屋准教授は2010年から伊勢原市内の幼稚園で、「人の遺伝的多様性を認め合う研究会」を保護者らと開いてきた。「ある幼稚園は、『みんなちがって、みんないい』という多様性を重視しています。しかし、保護者の中には、“子どもが周囲と調和できない”“期待する能力が発揮できない”“疾患や障害が受容できない”といった葛藤を感じている方もいらっしゃいます。その一つひとつについて意見を交わしたり、研究者と議論した結果を報告したりすることで、新たな気づきが得られたと話してくださる方もいました」

 

さらに保護者の希望により、園児が楽しみながら遺伝的多様性を学べる遊びやおもちゃを考案。「色のついた水を混ぜる遊びでは、お父さん(青)とお母さん(黄)から、子ども(緑)が生まれたと説明します。すると園児たちは、自分が両親の色(遺伝子)を受け継ぎつつ、新しい色を持って生まれたと自然に感じ取るのです」

 

学校と病院が連携し高校生にがん教育を

現在取り組んでいる「遺伝的多様性を認め合う時代に即した高校生向けがん教育方略の開発」は、今年度の総合研究機構「プロジェクト研究」に採択された。

 

がんの主な原因は、「ウイルス・細菌感染」「生活習慣」「遺伝的要因」の3つだが、「高校で行われているがん教育は生活習慣の改善が中心で、遺伝的要因についてほとんど触れられない」と森屋准教授。「遺伝的にがんの発症リスクが高い人は10%程度存在するといわれ、子どもには50%の確率で遺伝します。学校と医療機関がこれまで以上に連携し、遺伝的な要因について正しく伝えられるようになれば、がんの早期発見・治療につながるはず」と力説する。

 

「遺伝学的検査は広まりつつあり、昨年からは、遺伝情報も他の診療情報と同様にカルテに記載されるようになりました。親が遺伝性のがんだと知った生徒が自己認識を歪めたり、偏見の対象になったりする事態も危惧されます。それを避けるためには遺伝的多様性をベースとしたがん教育が不可欠。個人の体質への差別や偏見を生じさせないがん教育のあり方を、さらに追究したい」

 

【Key word】ゲノム医療法 

正式名は「良質かつ適切なゲノム医療を国民が安心して受けられるようにするための施策の総合的かつ計画的な推進に関する法律」。ゲノム医療提供、生命倫理への配慮やゲノム情報の保護、不当な差別が行われないようにするといった国等への責務が定められている。

 

【Focus】研究者として 創造者として

 もりや・ひろみ 1977年愛知県生まれ。

2010年東海大学大学院健康科学研究科

修士課程修了、20年博士(医学)取得。

21年4月から現職。専門は遺伝・ゲノム看護。

遺伝子の可能性を意識したのは、新卒看護師として聖路加国際病院で働き始めた2000年。「重症心身障害」とひとくくりにされていた人々が、遺伝子の解析によって診断名を得られるようになり、情報共有が図られ、治療法や予後が分かるようになったことに目を見張った。

 

それから数年後、非常勤の助手として着任した東海大学で、日本で初めて「遺伝看護学」という学問領域を修士課程に取り入れた溝口満子教授(当時)と出会い、「運命かもしれないと思って」大学院に入学した。

 

現在はこの分野を牽引する一人。遺伝看護を「遺伝情報から受けた身体的、精神的、社会的影響に対する看護支援」と独自に定義し、研究を進め、学問体系の構築を目指す。

 

さらに、看護実践の知を言語化して蓄積することにも注力。「エキスパートの看護師に効果的なケアについてインタビューし、経験や技術を継承したい」と語る。

 

「学生にいちばん伝えたいのは、教科書にない最新の成果」。そうした研究者としてのゆるぎない姿勢の一方で、聖路加国際病院時代にはこんなエピソードもある。「終末期で精神的に不安定になっていた患者さんから、“売店にあったピンクのバラの絵が欲しかったけれど、買えなかった”と聞き、バラの絵を描いてプレゼントしました。とても喜ばれ、以後、穏やかになられて……」

 

「看護とは創造すること。それも学生たちに伝えたいですね」

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