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特集

2023/02/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

"日本発"の医療機器を世界へ

医工産学連携でイノベーションを

医学部医学科専門診療学系画像診断学 長谷部光泉教授

直径4ミリ以下の曲がりくねった血管内に、長期間留置できる医療機器を開発する―そんな難題に挑み、実現に”王手”をかけようとしているのが、医学と工学の2つの博士号を持つ医学部医学科専門診療学系画像診断学の長谷部光泉教授(付属八王子病院血管内治療センター長)だ。医工産学連携で研究開発した“日本発”の医療機器を、一日も早く患者に届けようと奮戦する長谷部教授を訪ねた。

 

長谷部教授は、放射線診断学や画像下治療(IVR)が専門。X線やCT、超音波などの画像診断装置で体内を観察しながら、血管からカテーテルと呼ばれる管を通して血管内や臓器を治療するスペシャリストだ。

 

臨床とともに力を注ぐのが、体内埋め込み型の医療機器の開発。国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受け、「膝窩動脈以下(below-the-knee=BTK)の細径動脈硬化性病変に対する長期開存ステントシステムの開発」に取り組んでいる。

 

「血管が狭くなり、血液の流れが悪くなる動脈硬化性病変の治療法の一つが、ステント(血管を内側から広げる金属製の網目状の筒)の留置による血流再開術です。特に、膝の膝窩動脈より下にある動脈は直径が4ミリ以下で変形や屈曲が強く、ステントの周囲に血栓ができたり血管平滑筋細胞の過増殖が起こったりして、再狭窄しやすい」と長谷部教授は説明する。

 

「近年、糖尿病などの増加に伴い、足の切断に至るような重症虚血の症例が増えています。下肢は”第二の心臓”ともいわれ、その切断はQOLを低下させるだけでなく、生存率も下げてしまう。血流の再開通は非常に重要なのです」

 

血栓のできないステントを開発

長谷部教授らは、柔軟性や耐久性があり、血栓ができにくく、血流を確保しながら長期間の留置が可能なステントの開発に取り組んでいる。材質や網目の形状、血液が付着しにくいコーティングの材料や塗布技術の研究を進め、その成果は補助人工心臓をはじめ、さまざまな臓器用の医療機器にも応用されている。

 

「これまで、形状記憶合金であるニッケルチタン製のステントデザインやナノレベルでの表面改質技術、ステントを素早く安全に留置位置まで運ぶデリバリーシステムを確立しました。ステントの表面にダイヤモンド系素材と特殊ポリマーを塗布する『ハイブリッドナノコーティング』を搭載したBTKステントは、動物実験でも良好な成績を得ています」と自信を見せる。

 

最新の医療機器をいち早く患者に届ける

この技術には国内外の研究者が注目している。昨年6月には、アメリカ・マサチューセッツ工科大学とハーバード大学医学部の客員教授に就任し、ステントの共同研究を加速。8月にはAMEDの「橋渡し研究プログラム・シーズF」(最長5年間)に採択された。これまで受けていた「先端計測分析技術・機器開発プログラム」に続く大型資金で、実用化に向けた研究を後押しするものだ。12月にはさらに追加支援が決まった。

 

「当面の目標は、日本の医薬品医療機器総合機構(PMDA)やアメリカ食品医薬品局(FDA)に対する認可申請のための動物実験を成功させること。日本とアメリカでの同時治験開始を目指しています」と話す。

 

「医師と研究者、エンジニアがチームを組み、フラットにディスカッションできるのが我々の強み。設計開発の初期段階から試作開発までのボトムアップ・アプローチをシームレスに実行できる体制があります。開発した医療機器を一日も早く世界の患者さんに届けるために、医工産学連携で技術開発に取り組み、医療機器の世界にイノベーションを起こしたい」

 

技術を社会実装させるシステムをつくる

1969年生まれ。慶應義塾大学医学部

卒業。同大学院で、博士(医学)と

博士(工学)を取得。96年から2000

年までアメリカ・ハーバード大学に留

学。12年東海大学医学部教授。22年

よりハーバード大学、マサチューセッ

ツ工科大学客員教授。

(写真=本人提供)

「基礎研究は非常に重要だが、研究のための研究になってはならない。開発した有用な技術は確実に社会実装させなければ意味がない」。それが長谷部教授の信念だ。

 

臨床現場から医療ニーズを見いだし、人材を育成し、学際的・国際的な共同研究を進めて臨床研究から治験へ。学内研究費や日本学術振興会の科学研究費で基礎研究を続けつつ、実用化に向けてAMEDの支援を獲得する。医療現場に新しい医療機器や薬品を届けるまでの道のりは長い。「人材や公的研究費といった一つひとつが患者さんに新製品を届けるまでのピースだとすると、最後にもう一つのピースが必要になる。それがベンチャーキャピタルファンド」と話す。実用化の段階ではさらに資金が必要になるからだ。

 

昨年11月、長谷部教授はヘルスケア(医療機器・医薬品)に特化したベンチャーキャピタルファンドDMC1号投資事業有限責任組合を設立した。

 

 

「医学、理工学、知財、金融などの専門家集団が、優れた医療機器や医薬品の技術を、タイムリーな投資や分野横断型の関与によって迅速に社会に還元するシステムをつくる。新技術を世界に広げるための戦略でもあります。起業を希望する研究者の支援もしたい。投資を受けた人が有用な研究成果を出せば、それが次の投資につながります。そんなスパイラルを社会に生み出せたらうれしいですね」

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