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特集

2011/03/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

スポーツの「動き」と「力」を科学する

火事場の馬鹿力からナンバ走りまで

非常時に通常では考えられない力を発揮する「火事場の馬鹿力」をウエートリフティングに、日本古来の動作「ナンバ」をバスケットボールや陸上競技に応用する取り組みは、「スポーツバイオメカニクス」と呼ばれる研究分野と深くかかわっている。運動を分析・科学するスポーツバイオメカニクスから見えてくるものとは? 体育学部の山田洋准教授に聞いた。

力学的視点で人の動きを考察

オリンピックなどで一流スポーツ選手らによる優れた技術や記録更新の場面を見ていると、ヒトの潜在能力の高さと奥深さを感じずにはいられない。生まれ持った資質や環境、トレーニングを積み重ねてきた努力もあるだろう。しかし、一般人と優れたスポーツ選手との動きにはどのような違いがあるのだろうか。その違いを読み解くための学問が「スポーツバイオメカニクス」だ。

バイオメカニクスとは、バイオ=生体と、メカニクス=力学からなる造語。スポーツの動きやフォームを、その源となる力学的な視点から考える。力を生み出す筋肉の構造や機能、エネルギーを供給する体の仕組みなど、あらゆる面から考察を重ねていく。

「テニスボールを打つ瞬間、ラケットを持つ手のどこに最も力が加わるか」「サッカーで無回転シュートを蹴るためには、ボールのどこに、どれだけの力を加えればいいか」などをハイスピードカメラや筋電図などを使って実験、データを計測する。筋電図とは、運動中の筋肉活動の大きさやタイミングを計るための装置だ。

「体の各部に反射マーカーと呼ばれる部品を装着し、モーションキャプチャを使って複雑な各部の動きを座標で表し、映像を解析する」と山田准教授。これに足や地面、ラケットやボールなどの道具に加わる力のデータを取り、フォームや道具の改善に役立てる応用科学としての側面も持つ。

そこで、「はくだけでエクササイズ効果がある」とうたうシューズやアンダーウェアなどの筋電図実験に協力することも多い山田准教授に、ラクしてエクササイズの効果を上げる方法はあるのか聞いてみたが、「進化した道具を使うほうが効果的だが、道具に頼るのではなく、適度な運動を心がけることが先決」と笑われた。ローマは一日にして成らず。記者のダイエットもしかりだ。

起源は19世紀 総合科学としての側面
新しい学問分野のように思われるスポーツバイオメカニクスだが、そのルーツは意外と古い。「筋肉の働きを計る筋電図は、19世紀末から使われ始めた」という。20世紀初頭には、人や動物の動きを連続写真で撮影し、時計を画面内に映し込むなどさまざまな手法が生み出された。測定機器の進化は、「聞いたことはあるが、そんなことホントにあるのか?」といった疑問の実証にも関連している。

例えば、「火事場の馬鹿力」のメカニズム。山田准教授は、「私たちは通常、本来持つ筋力の一部しか使っていない。筋肉をコントロールする大脳内で自己防衛本能が働き、制御してしまうからだ。これを『心理的限界』と呼ぶのに対し、筋肉の大きさや質などの機能的な側面から計ることができる筋力の上限を『生理的限界』と呼ぶ」。

心理的限界の制御を外す方法の一つに「かけ声」がある。砲丸投げの選手やテニス選手が気合いの声を上げるのを聞いたことがあると思うが、「かけ声を出す瞬間、大脳は興奮状態にあり、大脳の制御装置が外れやすくなる。ウエートリフティングなど、瞬発的な力を求められる競技の選手は、集中力と自己暗示、かけ声などによって大脳内の制御装置を意識的に外せるように訓練している」という。

「ナンバ走り」を科学の目で見る
山田准教授が現在、取り組んでいる研究テーマは、「ナンバプロジェクト」。バスケットボールや陸上の短距離走で応用され、注目を集めた日本古来の動作の「ナンバ」の研究だ。「ナンバ走り」などの名称でポピュラーになったものの、科学的なデータが不足していたため、同准教授が2年前から研究を始めた。 

「ナンバ走りと普通の走り方との比較や、ラグビーやラクロスなどの球技での応用の可能性など、分析はまだ始まったばかり。将来的には総合大学のメリットを生かした幅広い分野での研究ができればと思っている。ナンバの古武術とのかかわりや歴史、人類学的側面からの考察など、多くの方の協力を仰いで研究範囲を広げていければ」と語っている。
Key Word ナンバ走り
竹馬のように右手と右足、左手と左足を同時に出す走法。スタミナが減りにくいため、江戸時代の飛脚がこの走り方で一日に数十キロを走ったといわれる。語源は大阪の地名「難波」や南蛮人など諸説ある。現在は能などの古典芸能や武術に「ナンバ」の動作が残る。ナンバの動きにヒントを得た体育学部の高野進教授が末續慎吾選手(2004年度大学院修了)らの練習に取り入れ、03年の世界陸上で銀メダルを獲得したことから話題を集めた。

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