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特集

2011/09/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

未来を担う海技者を育成

海事社会の全体像をとらえ
海洋学部海洋フロンティア教育センター 篠原正人教授

「海事」とは、海に関する事柄の中でも海運や造船、港湾など産業に近い事象を指す言葉だ。「今、海事関係で働く“海技者”を取り巻く社会状況が変化してきている」と、海洋学部海洋フロンティア教育センターの篠原正人教授は言う。国際物流を中心に、海や港で働く人材の育成に取り組む篠原教授の研究室を訪ねた。

「海技者とは、国家試験を通った海技免状を持つ人たちのことで、一般的には船員のことです。しかし近年、フィリピンなど賃金の安い国の船員が世界中の船に乗り組んでいます。日本人で、海外に就航する外航船の船員は2000人程度しかいないのが現状です」日本国内だけに就航する内航船では、法律によって日本人しか乗務することができず、こちらは現在、約3万人が登録されているという。

「いわゆる船員には、航海士(海洋学部では航海工学科航海学専攻で資格を取得できる)や機関士などの仕事があります。しかし、日本人船員のコストは高いため、ある程度乗船経験を積んだ後は船から上がって、陸上でより高度な業務に携わることが多いのです」

船を降りた海技者は、船会社の海務部門と呼ばれる、安全管理や航海に必要な情報提供、船舶の保守・整備に関する仕事に就くことになる。また船会社以外にも、港湾や海洋資源開発などの分野で、操船や船舶の構造についての知識が役に立つことが少なくない。

「船員の仕事は船の中では役割がきっちりと決まっています。しかし陸に上がれば海技知識を使うだけでなく、事務など雑多な業務にも携わることになる。船員の数が少なくなった今、陸上の仕事を担う人までが枯渇してしまうおそれがあります。本当にそれでよいのでしょうか? このままでは陸でも日本人海技者の知識経験が消え去ってしまうことにならないか、危惧しています」

海洋国家・日本の将来へ政策提言につなげる
2009年、篠原教授らをはじめとする、海洋学部内の海事関係研究者が集まって「海事研究プロジェクト」を立ち上げた。

「四方を海に囲まれた日本は、2007年に海洋基本法を制定したように、海洋国家として、海運や港湾はもちろん海洋資源開発や漁業などに従事する人たちが海と共生する社会のあり方を築かなくてはなりません。その中で、海事関連分野で働く人材育成の枠組みを確固としたものにする必要があります」

このプロジェクトが中心となり、今年度、学校法人東海大学総合研究機構のプロジェクト研究に「海事社会の発展と人材育成に関する研究」が採択された。篠原教授を代表に7人の教員が携わる。3カ年計画で、海事関連産業の定義や全体像の明確化、求められる人材像を分析し、育成モデルの確立に取り組んでいく。

「海事社会の将来像を、海運および関連サービス、港湾政策・管理などについて多角的に考察し、それに必要な人材育成のあり方を提示することが目的です。いくら海洋国家といっても、アクションが伴わなくては意味がありません。研究機関として政策提言につなげていきたい」

第一線での経験生かし 実社会を想像できる講義を

大手船舶会社・商船三井に28年勤務し、営業や財務、企画に調査とさまざまな業務を担当。海運の第一線で働いてきた篠原教授。海外勤務もイギリス、オランダと12年間に及ぶ。オランダ駐在時に商船三井を退社。現地でコンサルタント業を営むかたわら、同国のエラスムス大学で博士論文の執筆や大学院の運営に携わってきた。

「その時々の巡り合わせで、いろいろな部門を渡り歩きました。動き続けている間はつらいことも多いけれど、その経験は東海大学での仕事に結実しています」

今年度から海洋学部に設置された、東海大の学生なら誰でも受講できる「海事ビジネス」と「海洋スポーツ」の2種類のプログラムを運営する「海洋フロンティア教育センター」の主任を務める。「前任の航海学科国際物流専攻からキャリア教育に力を入れてきました。海洋フロンティアのプログラムを通じて、実社会で役に立つ人材に育ってもらいたい」と意気込む。

産官学の物流関係者による研究会「清水物流研究会」の代表だけでなく、昨年度からは海洋学部硬式野球部の部長にも就任。多忙な日々を送っている。「子どものころから柔道一筋で、野球の経験はないのですが……。環境整備と生活指導に役立てばと思っています」と笑う。文武両面での熱い指導は歴代のゼミ生たちから支持を得てきた。研究室には「静岡の親父へ」と大書された色紙が並ぶ。

「授業で理論や理屈だけを教えてもつまらない。実社会での経験を生かして、学生たちが社会に出たときのことがイメージできる授業を心がけています。失敗談が一番受けますけどね(笑)」

 
(写真上)ドイツ・ハンブルク港に停泊する大型コンテナ船。国際物流の専門家である篠原教授は海外諸国の港湾を視察し、その機能や海上輸送の将来像、異文化をまたぐ供給連鎖の問題などの研究に取り組んでいる
(写真下)昨年度研究室に所属した学生たちと

しのはら・まさと 1950年京都府生まれ。大阪市立大学経済学部卒業。2004年から東海大学海洋学部教授に着任。オランダ・エラスムス大学博士。
Key Word 海洋基本法
総合海洋政策本部を内閣に設置し、海洋の開発・利用・保全といった政策を一体的に推進することや、努力義務などを定める法律。海洋の開発と利用、海洋環境の保全と調和、安全の確保、科学的知見の充実、海洋産業の健全な発展、国際的協調などについて規定するもの。

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