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特集

2010/12/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

写真の中を“散策”する

空間把握の疑似体験「ウォーク・イン・ナビ」
村上祐治教授(産業工学部建築学科)は、空間構成を理解するための、写真をベースにした建築設計用システムを開発した。複数枚の写真を利用して、実際に建物内を歩く臨場感がある。観光や商業施設の紹介のほか、自閉症児の支援ツールとしての活用も期待されている。

建築への理解を深めるには「実際に建物を見て回る」のが望ましい。しかし学生の多くは写真や図面から建築を学んでいるのが現状だ。写真からは、建材の質感や窓から差し込む光といった感覚的な情報は得られる。だが空間的には範囲が限られているため、建物全体の構成を知るのは難しい。一方、図面は、建物の全体像を表しており、部屋の位置関係を確認しやすく、空間構成を把握しやすい。そこで村上教授は、建築空間の総合的な把握につながる「実際に建物を見て回る」ことを可能にする写真の閲覧方法を研究した。断片的な情報である写真を複数枚見ることで、建築の空間構成を把握できる一つのまとまった情報にする。さらにその中に自由に動かせる点景としての「人影」を表示することで、利用者に臨場感を与える。開発にあたって、村上教授が考慮したポイントだ。自分が写真の中の世界に入り込んだように感じる――。システムの試作品が完成したのは昨年末。名称は「ウォーク・イン・ナビ」で、人が歩いて入れる大型収納スペースにちなんだという。

建物の中を歩く臨場感

同じような写真システムを使ったサービスはすでにある。検索大手グーグルによる街並み画像サービス「ストリートビュー」などだ。しかし、こうした既存サービスは、広い範囲を撮影したパノラマ写真を使用している点で、「ウォーク・イン・ナビ」と異なる。村上教授は「パノラマ写真によるサービスは利用者のリアリティーを高めるが、システムの構築には、対象物をさまざまな方向から撮影しなければならず、時間やコスト面などの負荷が大きい。手元にある写真資料を使えないのも難点」だと言う。また、実際の建築そのものを写すビデオ映像サービスもあるが、村上教授は「ビデオを見ているだけでは、利用者は『建築の姿』を見るというよりは、撮影者の『視覚の記録』をたどっているだけに近い。映像としてのリアリティーはあるものの、自分からアクションを起こす必要がないので、いまひとつ臨場感に欠けてしまう」と指摘する。

「ウォーク・イン・ナビ」は、ウェブブラウザーにインストールされたフラッシュプレーヤーで利用する。特殊な機器はいらない。デジタルカメラで撮影した写真データをベースにしている。写真上に「人影」を歩かせることで、利用者はマウス操作で建物内を歩いているような臨場感を覚える。そのため、空間の構成を把握しやすい。 評価実験では被験者から、対象建築物とした幼稚園舎について「トイレが子どもの集まる場所に近い」「部屋の配置が直線的だ」などの回答があったように、既存システムに比べると被験者の空間認識ははるかに高かった。ただ弱点もある。建築要素の「高さ」に対する認識が「少し得にくい」という。システムの有効性をさらに高めるため、機能の追加を図るなどの改善は必要なようだ。

自閉症児のサポートにも

操作は簡単だ。マウスで「人影」を動かし、撮影場所を示す「ショットポイント」から次の空間へ移動する。「ターンボタン」による場面展開も連続性があり、「ルーペボタン」をクリックすると別ウインドーが開き、対象物の拡大写真が出てくる。マウスによる操作だけでなく、村上教授は「指の動きで操作できるようにしたい」と、iPadなどのタッチパネル搭載の機器での利用を視野に入れている。「ウォーク・イン・ナビ」の機能は、「自閉症児のための『事前空間体験』に役立つ」とも話す。自閉症児は、耳で聞くよりも目で見るほうが認識しやすいという傾向があるとされ、村上教授は「初めての場所(空間)はパニックになりやすいが、あらかじめ『疑似体験』することで、気持ちに余裕ができる」とみる。利用者の写真を「人影」に合成できるので、楽しみながらの予行練習にもなる。教育学や心理学の専門家と研究を進め、ゲーム端末などでの利用を検討するという。不動産物件や観光施設の紹介など、さまざまな分野で「ウォーク・イン・ナビ」が活躍するかもしれない。

そこで村上教授は、建築空間の総合的な把握につながる「実際に建物を見て回る」ことを可能にする写真の閲覧方法を研究した。断片的な情報である写真を複数枚見ることで、建築の空間構成を把握できる一つのまとまった情報にする。さらにその中に自由に動かせる点景としての「人影」を表示することで、利用者に臨場感を与える。開発にあたって、村上教授が考慮したポイントだ。



 
(画像上)「ウォーク・イン・ナビ」の操作イメージ

(画像中)透視図法で人影の高さを計算

(画像下)「ウォーク・イン・ナビ」相関イメージ

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