share

特集

2011/11/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

制振装置の軽量・小型化に挑む

「耐える」から「制御する」時代へ
工学部土木工学科 島﨑洋治教授

今年3月の東日本大震災をうけ、建物を地震から守る技術にあらためて注目が高まっている。耐震、免震、制振などさまざまな工法があるが、どう違うのだろう。今年度、科学技術振興機構(JST)の支援事業の採択を受け、新たな制振装置の研究開発を進める、工学部土木工学科の島﨑洋治教授の研究室を訪ねた。(構成・志岐吟子)

恥ずかしながら記者は「耐震」と「免震」の構造の違いはおろか、「制振構造」という言葉も知らなかった。まずは、これらの違いから聞いた。「壁や柱など建物の構造自体を強化し、建物全体で振動エネルギーを受け止めるのが耐震。建物の外側に筋かいなどを入れるのも耐震工事の一つですね。それに対し、地面と建物の間にゴムやバネなど伸縮性のある部材を使った装置を設置し、振動エネルギーを吸収して、建物に振動が伝わらないようにするのが免震構造です」

耐震補強の工事は低コストで行えるため普及しているが、想定された規模以上の揺れには弱い。一方、免震構造は地面と建物が離れているので、大きな揺れにも耐えられる。中高層マンションや商業ビルなどの高層・大規模建築物に多く使われているが、建造物を建てるときにしか設置できず、費用もかさむのが弱点だ。

柔軟性のある制振の構造
そこで、耐震と免震のメリットを融合させた技術として開発されたのが「制振構造」。建物内部や側面に装置を設置し、建物の振動を制御して軽減する。揺れを制御する技術そのものは洗濯機や車、電気シェーバーなどの振動防止にも使われており、これを建造物に応用したものだ。耐震構造の特徴が踏ん張って耐える「堅牢さ」とすると、制振構造は「柔軟性」といえる。

島﨑教授は、振り子の原理を応用した新しい制振装置「同調クレイドルゆりかご)型制振装置(TCMD)」の開発に取り組んでいる。「揺れが発生すると、磁石を取りつけた円柱形の重りが、円弧状のレール上を揺れの向きと逆方向に動いて建物の揺れを小さくする。さらにレールに平行して設置された銅板と磁石の摩擦で、揺れのエネルギーを吸収する仕組みになっています。この装置を建物上層部の床下に必要な数だけ設置し、建物全体を守るのです」と説明する。

従来の制振装置は、バネや水などを使った装置を建物の屋上に設置するものが多かったが、いずれもサイズが大きく、重量の制限がある建物ーー狭い敷地に建てられたペンシルビルと呼ばれる中層建築物には向かなかった。

広がる用途と高まる期待
一方、TCMDは軽量かつ小型のため、ペンシルビルにも設置でき、エレベータでの搬入も可能だ。「床下に設置するので空間を有効活用でき、取りつけや保守点検も容易。ビルの補強工事も不要でコスト面も大幅に削減できます」

TCMDの研究を始めたきっかけは1995年の阪神・淡路大震災。「あの揺れを効果的に吸収できる構造があれば」と、震災の2年後から本格的に研究を開始した。今年度、科学技術振興機構(JST)の支援事業「研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム」に採択され、実用化までもうすぐという段階に来ている。「すでに企業や海外の研究機関から問い合わせが来ています。定年退職まであと数年。それまでに実用化のめどをつけたいですね」

focus ハングリー精神をたたき込まれた留学時代

少しのことを聞いてすべてを理解する能力の高い人のことを俗に「一を聞いて十を知る」というが、そういう秀才を見るたびに「自分は勉強が得意ではない。とてもこういう人たちとは競争できない」と感じてきた。

大学生になっても確固とした将来像は見えず、卒業後は研究室に残ることに。助手としての毎日を送っていた。 その後、研究者を目指すのなら博士号を取らなければと一念発起してアメリカの大学院へ留学を決めたが、TOEFLのスコアは及第点ギリギリ。「渡米してからが本当の勉強でした。英語が苦手とか、自信がないなんていってる場合じゃない(笑)。寝る間も惜しんで何らかの結果を出さなければ評価の対象にすらなれず、退学しか道は残されていなかった。がけっぷちでした」と当時を振り返る。

留学中の日々を支えたのは「君ならできる」と恩師が研究目標を示しながら力強く応援してくれたからだ。切迫した状況の中、明確な目標ができたことで、がむしゃらに突き進めた。そのときにはもう、他人と自分を比較する余裕すらなかった。「秀才でも器用でもなかったからこそ、野蛮なくらいのハングリー精神で乗り切るしかありませんでした。でも、このときの経験があるから今につながっているのかもしれません」

 
(写真)島﨑教授が開発している制振装置の実験模型。円弧状のレールの上を鉄板と磁石が振り子のように動き、重りに平行して奥に銅板が設置されている。磁石で鉄板の揺れを制御する仕組みだ

しまざき・ようじ 1948年神奈川県生まれ。東海大学工学部卒業。コロラド州立大学大学院博士課程修了。工学博士。専門は有限要素法による手法の解析、個体および構造力学

研究室おじゃまします!記事一覧

2024/02/01

アスリートの競技能力向上目指し

2024/01/01

適切なゲノム医療推進に向け

2023/04/01

湘南キャンパスの省エネ化へ

2023/02/01

"日本発"の医療機器を世界へ

2022/06/01

細胞のミクロ環境に着目し

2022/04/01

遺構に残された天体の軌道

2022/01/01

海洋学部の総力を挙げた調査

2021/12/01

体臭の正体を科学的に解明

2021/10/01

メタゲノム解析で進む診断・治療

2021/06/01

将棋棋士の脳内を分析

2021/03/01

低侵襲・機能温存でQOL向上へ

2021/02/01

安心安全な生活の維持に貢献

2020/11/01

暮らしに溶け込む「OR」

2020/09/01

ネルフィナビルの効果を確認

2020/07/01

次世代の腸内環境改善食品開発へ

2020/06/01

運動習慣の大切さ伝える

2020/05/01

ゲンゴロウの保全に取り組む

2020/03/01

国内最大級のソーラー無人飛行機を開発

2019/11/01

新規抗がん剤の開発に挑む

2019/10/01

深海魚の出現は地震の前兆?

2019/08/01

隠された実像を解き明かす

2019/06/01

椎間板再生医療を加速させる

2019/05/01

自動車の燃費向上に貢献する

2019/04/01

デザイナーが仕事に込める思いとは

2019/03/01

科学的分析で安全対策を提案

2019/02/01

幸福度世界一に学べることは?

2019/01/01

危機に直面する技術大国

2018/12/01

妊娠着床率向上を図る

2018/10/01

開設3年目を迎え利用活発に

2018/09/01

暗記ではない歴史学の魅力

2018/08/01

精神疾患による長期入院を解消

2018/07/01

望ましい税金の取り方とは?

2018/05/01

マイクロ流体デバイスを開発

2018/04/01

ユニバーサル・ミュージアムとは?

2018/03/01

雲やチリの影響を解き明かす

2018/02/01

海の姿を正確に捉える

2018/01/01

官民連携でスポーツ振興

2017/11/01

衛星観測とSNSを融合

2017/10/01

復興に向けて研究成果を提供

2017/09/01

4年目を迎え大きな成果

2017/08/01

動物園の“役割”を支える

2017/06/01

交流の歴史を掘り起こす

2017/05/01

波の力をシンプルに活用

2017/04/01

切らないがん治療を目指す

2017/03/01

心不全予防への効果を確認

2017/02/01

エジプト考古学と工学がタッグ

2017/01/01

コンクリートの完全リサイクルへ

2016/12/01

難民問題の解決策を探る

2016/11/01

臓器線維症の研究を加速

2016/10/01

情報通信技術で遠隔サポート