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特集

2012/02/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

730年前の元寇船を発見

超音波で海底下を可視化する
海洋学部海洋地球科学科 根元謙次教授

昨年10月、伊万里湾(長崎県松浦市)の海底で元寇船が見つかった。大風によって元軍の多くが壊滅したといわれる同湾では、以前から刀剣や船の一部が発見されていたが、730年も昔に沈んだ13世紀の元寇船が、構造のわかる形で発見されたのは初めて。専門家として海底の探査を実施し、歴史的大発見に導いた海洋学部の根元謙次教授に聞いた。 (構成・志岐吟子)

鎌倉時代中期、当時大陸を支配していた元が2度にわたって日本を襲った。「蒙古襲来」と呼ばれる歴史的大事件だ。この戦に使われた元の船が、伊万里湾の水深20~25メートルの海底、厚さ1メートルの泥の下から発見された。今回の調査は琉球大学、松浦市、東海大学によって、2005年から6年間かけて行われてきたもの。海洋地質学が専門の根元教授は、水中考古学の研究者と協力し、海底探査の担当者として参加。海底表面と海底下の可視化によって元寇船の埋没場所を明らかにし、発掘するまでが課題だった。

120平方キロメートルの面積を有する伊万里湾で、どうやって探査場所を絞り、海の泥の底に沈んだ船を探し出せたのだろうか。根元教授はさまざまな種類の音波を海底へ発射し、海底からの反射情報をコンピューターで処理して海底表面の地形を立体画像で可視化する研究に取り組んでいる。また、低周波の音波を発射すると海底下の地質の構造や断層などを検知できる。石油や鉱物などの海底資源探査や、海岸浸食などの原因究明といった地中の現象を解析することも研究活動の一部だ。

海底の下まで調べる超音波探査とは?

今回のプロジェクトは、調査地域となる伊万里湾全体の海底地形を三次元化し、海底面下の概要を調査するところから始まった。海底の表面を調べるのは、マルチファンビームと呼ばれる測深システムを使う。海底へ向かってビーム(超音波)を発射し、そのデータをもとに海底の地形を三次元化する。海底面より下の地層の調査には、低周波の超音波探査機を使用。海底より下に何か埋まっていれば、異常反射として抽出される。抽出された個所はさらに狭い指向角の超音波探査を行い、スポットライトを当てるように詳しく調べ、正確な形や位置を明らかにする。

「5年近くかけて湾全体の地形を調査・把握し、さらに異常反射した個所を一つずつ調べていく作業は根気との闘いでした」と根元教授。13世紀の木造船の本体が海に残っている保証はない。しかし、だからこそ探査する意味があった。

最新鋭の機器を使った科学的な探査方法が導入されるまで、水中考古学の世界では、文献や小さな遺物の発見であたりをつけた場所をやみくもに掘っていたという。 船影を音波探査で確認した後も「ダイバーが潜って海底にたどり着くまでに潮流に流されて発掘場所が微妙にずれるなど、試行錯誤を繰り返しました」と発見までの苦労を語る。
海洋地質学で培われた技術と根気が、世紀の発見へとつながった。


focus 水中の地層から解き明かす
    過去と現在、未来へのヒント

ジュール・ヴェルヌが海底二万里の世界を小説に描いたのは19世紀末のこと。海底は、海洋地質学者の手によって空想の世界から可視化できる現実の世界となった。3D画像で立体化された海底は、まるで海水を抜いて海の底を見ているようだ。

海との出合いは、子どものころに訪れた瀬戸内海にある島々。「なぜ、ここの海岸の石だけほかと形が違うのだろう」と感じた。「なぜ」「どうして」を突き詰めて考えることに興味を持ち、将来の進路を考えた際も研究者の道が自然な選択と思えた。「私たちの仕事は、海底の地質構造や活断層の調査など、数々の科学データをもとに結論を絞り込んでいく。自分自身で推理小説を構成するような面白さがあります」と語る。

地質学というと陸上の地層を調べる学問を連想しがちだが、根元教授の専門は海の中の地質や地層だ。膨大な数のデータを収集、整理し、コンピューターを使って分析する。そうすると、これまでわからなかった過去や現在までの歴史の道のりがわかってくる。「大切なのは、過去や現在の歴史を振り返るだけでなく、知恵と経験を未来へどう生かすか。エネルギーや環境問題などとも深くかかわってきます」と話している。

 
ねもと・けんじ 1978年東海大学大学院海洋学研究科博士課程を単位修得後退学、81年からハワイ大学で南太平洋の海洋地質調査に従事。94年に東海大学海洋学部教授。著書に『太平洋における地質学・地球物理学アトラス』など。

元寇
鎌倉時代中期、元(モンゴル帝国)と高麗の連合軍によって行われた日本来襲の呼称。1度目は文永の役(1274年)、2度目は弘安の役(1281年)と呼ばれ、九州北部が主戦場となった。どちらも暴風雨によって連合軍の艦船は壊滅的被害を受け、弘安の役では約4400隻にのぼる船の4分の3が失われたとも言われる。

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