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特集

2013/03/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

“陸封”されたアメマスを追う

支笏湖で独自の進化を探る
生物学部海洋生物科学科 斎藤裕美 講師

札幌校舎から南へ約44キロ離れた支笏湖。美笛川などから流れ込んだ水が、最後は大きな滝となって千歳川に出ていく、一度外に出ると戻れない“封鎖された世界”だ。湖内には約15種類の魚類が生息しているが、在来種はアメマスとカジカの2種類だけ。中でも2万年もの間“陸封”されているアメマスの生態を探る、生物学部海洋生物科学科の斎藤裕美講師の研究室を訪ねた。

支笏湖は、岸から10メートルほど離れると急に深くなり、最大水深は日本で2番目の363メートル、平均水深も265メートルに及ぶ。道内最北で最大の水中の栄養物質が乏しい貧栄養湖だ。「ヨーロッパの湖で陸封されている、同じイワナの仲間のアルプスイワナでは、目や斑点が大きくなるなどの形態変化が見られます。それと同じく、支笏湖で2万年も陸封されたアメマスも、湖の環境に適応した何らかの形態変化が起きていると考えている」という。
 
「多くの場合、イワナの年齢はうろこに現れる年輪で測定することが可能ですが、水温が低く、年変化の少ない支笏湖では現れません。深海魚と同じ理屈です。支笏湖のアメマスは、頭の中の耳石という器官でしか年齢を調べられません」アメマスの寿命は5~6年と考えられるが、昨年には支笏湖で少なくとも9年以上生きたアメマスが捕獲されている。さらに、「一般的なアメマスは大きいものでも70㌢程度。それに対し、支笏湖では1㍍をこえるものを採集した話もあります」。

長寿化、巨大化には食べ物が影響?

斎藤講師は長寿化、巨大化の理由に、「貧栄養湖での、えさ資源の少なさがゆっくりとした成長を促すのでは」と話す。サンプル採取のために研究室の学生と湖に出かけては、湖岸で電気ショッカーを使って水中に電流を流し、気絶した小型魚を一瞬のうちに網ですくう。また大型魚は、漁協のヒメマスの定期採集調査に参加し、その網にかかったアメマスを持ち帰る。
 
「夏になると〝岸寄り〞といって、岸にたくさんのアメマス幼魚が集まります。陸上から落下する昆虫を食べるためですが、湖内のえさ資源が少ないことから、ほかに動物プランクトンや巻貝などいろいろなものを食べています。食べられるものを利用しないと、過酷な環境の湖では生きていけないのかもしれません」

群集生態学の視点でさまざまな研究に着手
斎藤講師の専門は、水系生物の群集生態学。「1種類の生物だけを調べるのではなく、さまざまな生物の相互作用がどのように生態系を構築しているのかを調査する分野」だという。「支笏湖のアメマスは、日本ではまれな陸封型のイワナです。海外の陸封型のイワナの研究では、湖ごとの環境に適応し、独特の形態や生態があります。支笏湖という環境でアメマスがどのように進化し、生き残ってきたかを調べていきたい」
 
ほかにも、ヌマチチブなどの小さな移入魚種が生態系に与える影響や、川の流れと水生昆虫の関係などの研究も進めている。「湖など水辺の生態系やシステムを解明し、外的要因のない環境をつくり出すことは可能なのかを探っていきたい」


focus
「興味を持ったことはやってみる」
謎を一つずつ解き明かす


「大学時代はコウモリの分類が専門の先生について、日本全国を飛び回って採集助手をしました。でも途中から、向いていないなと感じていたんです(笑)」コウモリの次はバイカモという水草と水生動物の関係を調べる研究に携わった。そんなとき、ふと川遊びが好きだった幼いころのことを思い返してみる。「幼稚園や小学校のころは、近所の川が遊び場でした。大阪の大人は橋の上から気軽に話しかけてきて、水草に絡まっている大きなコイを捕ってくれました。それを持って帰り、2、3日タライに入れて眺めて元の川に返す。カブトガニやホウネンエビ、ウシガエルも飼いましたね」
 
大学院で群集生態学を学び、博士課程で海洋生物の実験にもかかわった。2006年に北海道東海大学札幌校舎に着任。直後から、夏になると沿岸にアメマスの幼魚が集まる様子に興味を引かれていた支笏湖での研究を始めた。夫婦で研究者だという斎藤講師。「4歳になる息子と3人で支笏湖にボートでサンプル採取に出かけることもあります」
 
一昨年から南極にある〝超貧栄養湖〞の研究にも着手し、さまざまな水域生態系のシステムを研究している。「最終的な研究のゴールはありますが、興味を持ったことはまずやってみる」。そんな性格を生かし、謎を一つずつ解き明かしていく。

 
(写真)夏場に支笏湖の沿岸に集まってくるアメマスの幼魚を捕獲し、学生とともに胃内容物の分析や体長の計測をする

さいとう・ひろみ
大阪府生まれ。奈良教育大学教育学部卒業。同大学院教育学研究科(修士)、九州大学大学院理学府(博士)修了。博士(理学)。写真は研究室の学生と斎藤講師(中央)。
Key Word アメマス/支笏湖と陸封
アメマス:硬骨魚綱サケ科イワナ属の魚。道内に多く生息しているが、陸封されているのは支笏湖のみ。その多くが川と海とを往復して成熟、産卵するのに対し、支笏湖では底の砂場で産卵するなどしてその一生を湖内で終える。

支笏湖と陸封:約4万年前に支笏湖火山が噴火し、火口下の陥没地に水がたまってつくられたカルデラ湖。地形の変化により陸水に封じ込められた水生動物がそこで世代を繰り返すことを陸封といい、支笏湖のアメマスのほか、然別湖ではオショロコマが陸封されてミヤベイワナとして進化している。

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