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コラム

2011/03/01
何度も読み返した小説やマンガ、学生時代に読み込んだ教科書、人生を変えた一冊など、東海大学の先生方が大切にしている本を紹介します。

『ソウルの秘密』


「打ちのめされる」言葉との出会い
阿蘇教養教育センター  岩田眞木郎 講師


中学2年の時に引っ越した神戸市の山奥の中学・高校で、転校生としての立ち位置をわきまえつつ、生来の風貌の悪さと気の弱さに、一向に伸びない成績と身長など、もろもろのマイナス要素が加わり、「イケてない」学校生活を送ってしまいました。一浪後、生まれ故郷の京都の某大学に入学すると、この悪循環を打破すべく、軽音楽部に入部しました。音楽だけは、小学生の時にいやいや習わされていたピアノのおかげで、少しは自信があったからです。担当はギターでした。

私の入部動機は確かにある意味不純でした。ただそのバンドの演奏楽曲はいわゆる売れ線の日本のバンドのコピーなどではなく、アフロアメリカンの曲で、かなり硬派なものでした。この選曲には、私の4歳上の兄の影響が強くありました。兄はビートルズから聴き始め、そのルーツであるアフロアメリカンのR&R、R&B、さらにブルースへとその興味の対象を根元深く掘り下げていきました。私も幼少時のクラシックとは異なり、これらの楽曲がすんなりと体になじみ、自分でも演奏したいという思いに駆られました。しかし、真面目に練習し、学園祭などで演奏しても、なぜか満足感を得られませんでした。

ちょうどそのころ兄から「読んでみ」と送られてきたのがこの本です。ソウルとはゴスペル、ブルース、ジャズを根幹とするアフロアメリカンの音楽の総称です。この本の序章に記された文章に、私は打ちのめされました。それは、「あらゆる形態のソウル・ミュージックは、意志に反してこの国に連れられてきて、敵意ある環境で生きのこらんがために激烈な社会適応を強いられた種族の人々の美的財産である……」というくだりです。

そしてさらに、その変遷、各演奏家の生い立ちやインタビューを読むにつれ、今まで私が演奏してきたのはただ音を模倣したものでしかないが、この音楽の最も重要なところは、感情あるいは精神的な面であることを悟りました。このような奥の深い音楽を、何の苦労も知らない20歳そこそこの若造が演奏できるわけがありません。40年近くを経た現在も少しでも本物の精神に近づけるよう、地道に演奏を続けています。

「イケてない」と悩んでいる学生の皆さんも、きっと「打ちのめされる」言葉との出会いがあるはずですよ。

『ソウルの秘密』
フィル・ガーランド著 三橋一夫訳(音楽之友社)

 
いわた・まきお
1953年京都府生まれ。京都工芸繊維大学繊維学部卒業。同大学大学院繊維学研究科修士課程養蚕学専攻修了。専門は応用昆虫学。「たまに人前で演奏しています。興味があればぜひ」

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