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特集

2019/03/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

科学的分析で安全対策を提案

道路を使うすべての人を幸せに
工学部土木工学科 鈴木美緒 准教授

ちょっとした移動に便利な自転車。近所への買い物はもちろん、通勤・通学などに利用している人も多いだろう。それもそのはず、販売台数に基づく推計でも国内で8000万台をこえる自転車が利用されているといわれている。一方で、交通事故件数のうち自転車事故が占める割合は年々増加している。その原因を科学的に解明し、よりよいまちづくりに生かそうと研究を進めている工学部土木工学科の鈴木美緒准教授を訪ねた。 

あまり知られていないが、日本はドイツ、オランダと並ぶ世界有数の自転車大国だ。その傾向に拍車をかけたのが、2011年の東日本大震災。環境にやさしく、交通渋滞にも巻き込まれないことから普及が加速した。健康志向の高まりもあり利用者は現在も増加している。17年には自転車活用推進法が施行されるなど、国もその流れを後押ししている。しかし、鈴木准教授は、「国や各自治体は既存の道路網の中で歩行者や自動車とどう共存させるかに頭を悩ませている」と指摘する。 

科学の目を駆使してこの問題を解決しようと研究を進めている鈴木准教授は、自治体や警察から提供を受けた事故報告書を読み込み、原因や状況を分析。自転車利用者と自動車ドライバーの双方にアンケートや聞き取り調査を行い、事故が起きやすい状況や両者の安全を確保できるような道路のあり方、交通ルールを検討している。
 
また、ゲーム会社などと自転車シミュレーターを開発。被験者にVRヘッドセットを装着して運転してもらうことで、さまざまな人の運転特性に関する情報を収集している。今年3月に完成する最新バージョンでは、さまざまな道路状況を設定できるだけでなく、装置の移動も可能に。自動車教習所や学校に持ち込み、個人が普段使っている自転車を運転する際の癖や傾向も分析できるようになっている。
 
「自転車と車、人のすべてが安全に利用できる道路にするためには、それぞれの立場からの視点で複合的に研究する必要があります。各地の道路状況や地域性、時代によってもベターな対策は異なってくる。『これだけをすればいいんだ』という答えがないのがこの分野です」と話す。

今一番の問題は? 安全を守る方策を探る

これまでの研究で、自転車事故が最も起きやすいのが、見通しの悪い交差点であることがわかっている。しかも自動車が左折するときが要注意だ。また、高齢者や子ども連れの女性に人気の電動アシスト自転車は、車体が重いため、できる限り動かし続けようとする。そのため、一時停止などを無視して事故にあうケースも多い。また問題の根底には、自動車ドライバーと自転車利用者双方が交通ルールを正しく理解していないことがあることも明らかにした。

その対策として、車道の脇に緑色や青色の自転車帯を設け、左側通行であることを明示したり、道路脇にある低木の植え込みを取り除いたりすると、事故が減る傾向があることも解明。こうした成果をもとに、国や自治体と協力してまちづくりのあり方を検討する取り組みも各地で行い、多くの人が納得して交通ルールを守るようにする教育プログラムの開発にも従事している。最近は、高齢者の運転技能を的確に測るシステムの開発や、湘南校舎近隣の交通安全対策も研究範囲だ。
 
「事故を減らすためには、関係者が相互に譲り合う文化が何より大切だと考えています。それが可能になれば、もっと多くの人が幸せにもなれる。多角的に分析した成果に基づくまちづくりを通して、その実現に貢献したい」



Focus
世の中を変える力に







自転車を中心とした交通の専門家として国内を飛び回っている鈴木准教授。この分野との出合いは、学生のころに偶然、「都市計画」の授業を受講したことがきっかけだった。当時は応用理学が専門で、卒業研究でも太陽電池を研究していた。だが、授業を受けるうちに、「私も自転車で危険な思いをしたことがある。研究するなら、この分野」と一念発起。大学院の修士課程から土木工学専攻に転科した。
 
だが当時は「自転車交通は研究対象にならない」と言われており、恩師からも止められた。それでも、「誰もがやらないからこそ、研究すべきことが無尽蔵にある」と熱意を訴え続け、研究が始まった。 「交通渋滞や電車の混雑もそうですが、利用者は〝仕方がない〞とあきらめがち。しかも誤解に基づいて安全対策が取られていることも多い。ただ、自転車や道路は誰にとっても身近な存在です。そのためきちんと科学的に分析し、研究すれば、世の中を変える力になれる」と語る。 

大事にしているのは、現状に満足しないこと。その視点で見ると、改善点も見えやすいという。「この分野は文系・理系の枠にとらわれず、しかも研究室にこもっていてはできません。学生のアイデアからも学びつつ、成果を社会に還元したい」

 
すずき・みお 1977年東京都生まれ。慶應義塾大学理工学部物理情報工学科卒業後、東京工業大学大学院総合理工学研究科人間環境システム専攻博士後期課程修了。博士(工学)。財団法人運輸政策研究機構運輸政策研究所研究員などを経て、2018年4月より現職。専門は交通工学、交通計画など。15年には『文藝春秋』3月号掲載の「日本を代表する女性120人」に選ばれている。

(写真上) 研究室で開発した自転車シミュレーター。足首には自転車の回転数を計測するセンサを、腕には筋肉の動きでブレーキ制御のデータを収集するセンサをそれぞれ装着。多角的なデータを収集できる。研究だけでなく、安全教育にも活用していく予定だ
(写真中)中低木の植え込みなどによって見通しが悪くなっている道路の例
(写真下) 鈴木准教授の研究成果をもとに自転車レーンの表示も普及が進んでいる

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