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特集

2020/09/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

ネルフィナビルの効果を確認

新型コロナ治療候補薬
医学部医学科基礎医学系生体防御学 山本典生 教授

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が猛威をふるう中、治療薬やワクチンの開発が世界中の研究者により急ピッチで進められている。医学部医学科の山本典生教授(基礎医学系生体防御学)は、エイズ (後天性免疫不全症候群)の治療薬である「ネルフィナビル」のCOVID-19に対する効果を確認。大きな注目を集めている。有効な治療薬をいち早く患者に届けようとする山本教授の研究に迫った。

「ネルフィナビルは1998年に日本で発売が開始されたエイズの治療薬。原因となるヒト免疫不全ウイルス(HIV)の増殖に必要なプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)を阻害する抗ウイルス薬です」と山本教授は説明する。

「ウイルスは自分だけでは増殖できず、細胞に感染し、その力を利用して増殖します。HIVは、RNAと呼ばれる遺伝物質を細胞内でDNAに逆転写(変換)し、細胞のゲノムDNAに挿入した後、RNAのコピーをつくります。一方、新型コロナウイルス(SARSCoV-2)はRNAからRNAをつくる。両者は異なるウイルスのため、H I V の薬がSARSCoV-2に効くとは考えにくいのですが、まだ解明されていない類似点が存在する可能性があります。既存薬を出発点として早期に治療薬を実用化すべきと考え、SARSCoV-2に対するネルフィナビルの効果の検証に着手しました」

5月にCOVID-19 の治療薬として日本でも特例で認可されたレムデシビルはエボラ出血熱、暫定的に用いられているファビピラビル(アビガン)はインフルエンザの治療薬で、いずれもウイルス増殖過程の類似性を考慮して転用されている。

SARSの研究成果をCOVID-19に生かす
山本教授がネルフィナビルに着目したのは、重症急性呼吸器症候群(SARS)の感染が広がった2003年。さまざまな既存薬について、培養細胞を用いたスクリーニング(選別)により原因ウイルス(SARS-CoV)に対する抗ウイルス活性を検証し、ネルフィナビルのウイルス増殖阻害効果を確認した=図1参照。ネルフィナビル以外にも複数の増殖阻害剤を同定したほか、SARS-CoVがスパイクタンパク質(表面の突起状の部分)を介して感染する際に、ヒトの細胞膜タンパク質TACEが重要な役割を果たすことを報告した。

「この研究成果を生かし、SARS-CoV-2 についても同様の手法で、9種類の既存のプロテアーゼ阻害剤の有効性を比較しました。その結果、ネルフィナビルは薬剤の効果の指標となる50%効果濃度(最も効果がある投薬量の半分の効果をもたらす際の濃度)が1・13マイクロモーラーで=図2参照、少量で高い増殖阻害効果があることを明らかにしました」

この研究成果は4月8日に査読前論文投稿サイト『bioRxiv(バイオアーカイブ)』に掲載され、大きな反響を呼んだ。

有効な治療薬をいち早く届ける
「SARSは短期間で終息したため、ネルフィナビルは治療に使用されませんでした。しかし、“いつ同類のウイルスによる感染症が発生してもおかしくない”という危機感を持ち、候補薬として視野に入れてきました」と山本教授は話す。

現在、COVID-19の患者を対象としたネルフィナビルの治験(薬の効果や安全性、適正な投与量や投与方法などを確認するための臨床試験)が長崎大学を中心に進められており、山本教授も共同研究者として参画。さらに、国立感染症研究所、千葉大学、国立国際医療研究センターの研究者とともに、治療効果のメカニズムの分子レベルでの解明や、ネルフィナビル以外の治療候補薬の研究にも取り組んでいる。

「感染の拡大が止まらない中、有効な治療薬を少しでも早く患者さんに届けたい。人々が安心して普通の生活ができるよう、努力を続けます」



Focus
人の可能性と希望を信じ抜く



医学部の学生だった1980年代後半、世界的に感染が広がっていたのがHIVだった。「人の役に立つ研究をしたい」と考えていたこともあり、ウイルス学の研究者を志した。

「ウイルスがヒトの細胞をどのように利用して増殖しているのかを解明すれば、ヒトへの根本的な理解を深められるとも考えた。遺伝子治療など、画期的な治療法につながる可能性があることにも魅力を感じました」

使命感と探究心を持って臨んだ世界だったが、指導教官の突然の転出もあって手探り状態でのスタートに。思うような成果を出せない日々が続く中、転機になったのはSARSだった。「研究室の教授の勧めでHIVからSARSなどの呼吸器系ウイルスにテーマを変えたことが、新たな発見や多様な共同研究につながりました」
2009年には、国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター第5室室長に就任。新型インフルエンザのパンデミックに備え、細胞培養ワクチンの研究や短期間で全国民分のワクチンを製造する体制の構築といった国家プロジェクトに従事した。

競争の激しい世界で苦労も挫折も味わった。それでも、「自分らしく挑戦し続けることが大切。失敗も含めてすべてが自分の成長の糧になっています」と語る。「人には無限の可能性があり、最後には必ず希望があると信じ抜きたい」

 

やまもと・のりお 1969年千葉県生まれ。東京医科歯科大学医学部、同大学院修了。博士(医学)。順天堂大学大学院准教授を経て2020年度より現職。

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