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コラム

2014/04/01
学生と日々接する中で感じていることや思いなど、
毎年3人の東海大学の教員がそれぞれの視点からつづるリレーエッセイ。

越境大気汚染に取り組む

理学部化学科 関根嘉香 教授

水や食物は選べても、空気は選べない。空気が吸えなくなると生存時間は3分。だから大気汚染には要注意――。私は過去20年間、毎年中国に訪問して訴えてきた。しかし今、中国東部の大気汚染は最も危惧する事態にある。

東アジア地域における大気汚染物質の越境移動の問題は、1985年ごろから認識され始めた。私は当時、PM2・5を含む微粒子に着目し、中国、韓国そして日本の各都市における観測研究によって越境汚染の事実を明らかにした。その後、中国の研究者と協力し、汚染のメカニズムや対策方法を研究した。90年代には、多くの都市で改善傾向が見られた。しかし北京五輪が近づくにつれて再び悪化し、砂漠化の進行に伴う黄砂の影響もあり、北京遷都論もささやかれた。

そして五輪以降、目に見えて顕著になった。飛行機の窓から見える街は茶色のスモッグで覆われ、地上に立つと昼間でも太陽が赤く見える。新たな健康指標であるPM2・5が大幅に基準値をこえ、一部が日本に飛来している可能性がある。私たちはこの問題にどう対処すればよいのか。

国家の安全保障の視点で捉えれば、汚染者負担の原則に基づいて対処するべきだろう。日本が越境汚染によって被害を受けたなら、被害を定量化して厳格に因果関係を示し、風上の汚染者に損害の費用をすべて支払わせる。国内の観測体制を強化せよ、という声には理がある。ただしこの姿勢は、汚染者や汚染源を過度に社会悪とみなす風潮を助長しかねない。

一方、人間の安全保障の視点から、アジアの共通課題として取り組む考えもある。私は後者を支持する。誰もが汚染の脅威から自由でありたいと願う。大気の流れに国境はない。また中国に長期滞在する日本人は今や14万人に達する。国境を越えて問題を考えることはもはや必然である。環境鑑識学による原因究明、環境技術の移転、エネルギー開発、環境教育・啓蒙活動など、理系・文系をこえて取り組める課題は多い。道はまだ続く。アジアに暮らす人々の清浄な空気を吸う権利を守るために。

(筆者は毎号交替します)

 
せきね・よしか 1966年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院を修了後、日立化成株式会社に勤務。理学博士。専門は環境化学、無機化学、微量分析。

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