コラム
2023/11/01
留学した方がいいですか。学生からよく尋ねられる。しかし、私はこの問いに上手に答えることができない。それは留学が「生まれ育った居心地のいい世界から（一時的でも）離脱して新しい社会に身を置くこと」であるとすれば、何かと比べていいとか悪いとか、合理的であるとか、得するとか損するとか、そういった尺度では測れないからである。
そもそも「した方がいい」とは、何と比べているのだろう。留学をすれば「しない」よりは、英語や第二言語が上達する、異なる文化や背景を持つ友達ができる、世界が広がる、そういった確信を得たいのだろうか。確かに留学には、時間もお金も心身のエネルギーもかかる。しかし、留学前にそんなことは分からないし気にもしなくていい。
人類学には「ブリコラージュ」という言葉がある。クロード・レヴィ＝ストロースが、著書『野生の思考』（1962）の中で用いたもので、エンジニアリングの思考と対比される。エンジニアリングは、一つの目標（設計図）に向かって、緻密に計算された工程どおりに、必要な材料を用意し組み立てていく無駄のない効率的なプロセスである。一方、日曜大工や器用仕事と訳される「ブリコラージュ」的思考は、たまたま偶然持ち合わせた素材や道具を使って、これまでの経験や知識、そして自らの感覚を基に試行錯誤を繰り返しながら、何かを表現したり、対処したりするアプローチであり、結果、想像しなかったものができあがる。
留学をきっかけに、なじみがない世界に身を置いたとき、自らの感覚だけを頼りに直感的に状況を把握し偶然に従うことができるのは、エンジニアリングではなく、ブリコラージュである。
たくさんの無駄もあるかもしれない。思い描いた留学生活ではないかもしれない。こんなはずじゃなかったと辛く悔しい経験もする。でも、異質な文化の中で過ごす毎日は、ブリコラージュ的な日常なのである。そして、混沌とした毎日の偶然を心から楽しめるようになったら……「留学した方がいいですか」の答えがもう見つかっているころかもしれない。
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