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コラム

2018/04/01
学生と日々接する中で感じていることや思いなど、
毎年3人の東海大学の教員がそれぞれの視点からつづるリレーエッセイ。

痕跡学のご紹介①「同じ行動をとる人々」

政治経済学部経済学科 林 良平 講師

研究者仲間と「痕跡学」と名づけて楽しんでいる“視点”がある。学問として真剣に取り組むと堅苦しく、面白みに欠けるので、あえて趣味の話題にとどめて興じている。いくつか例を紹介しよう。
 
駅や百貨店などの大きな施設は迷いやすい。そんなときは地図が頼もしい味方になる。案内板では現在地を赤く強調し、目的地までの道のりを教えてくれる。「これがあの店だから、そこの角を左だね」などと、地図上で行動を想像するのである。

地図があなたに順路を指し示してくれているとき、あなたも同時に地図を指し示していることに気づいているだろうか。人通りの多い場所にある案内板は、必ずといっていい頻度で「現在地」の先がすり減っている。展望台にある鳥観図は、山頂がすり減っている。人々は、地図上の点を想像上に写像するとき、指を押し当てるのである。
 
人々が同じ行動をとることはよくある。床の摩耗を見てほしい。人々は横着なので、曲がり角では壁に近づき、階段の踊り場は内側が削れている。人々は不器用なので、病院や学校の白い壁には無数の傷がついている。廊下の真ん中を真っすぐ歩いているイメージに反し、人は壁にぶつかり、ふらふらと進んでいる。
 
柵も人々を誘う魅力を持っている。金閣寺をより近くで見たいと思う観光客は、ついつい柵にもたれかかる。空港の発券カウンターでは、台に体を押しつけて身を乗り出す客をよく見かける。柵やカウンターから一歩引いて直立している人は少ない。
 
ドアノブも興味深い。ドアを開けるときはノブをひねってロックを外し、ノブを押してドアを開けると人々は思い込んでいる。しかし実際はノブを押してドアを動かしてから、ドア本体に手を押し当てて体重をかけて押したり、ドアを手で引っかけて引っ張ったりしながら開けている。
 
私たちは普段の行動を丁寧で、器用で、洗練されているように美化してイメージする。しかし実際には、雨ざらしの地図に指を押し当て、壁にぶつかりながら、ドアに体当たりして何とか行動を成立させているのである。そしてこれらの行動の結果は、傷や欠け、摩耗などの痕跡として、環境に記録されているのである。 (筆者は毎号交代します)

 
はやし・りょうへい 1981年神奈川県生まれ。大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。

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