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コラム

2018/12/01
学生と日々接する中で感じていることや思いなど、
毎年3人の東海大学の教員がそれぞれの視点からつづるリレーエッセイ。

復興五輪が担うもの

工学部精密工学科 内田ヘルムート貴大 講師

大規模な自然災害は、世界の各所で生じている。そのエネルギーの大きさや経済的損失は数字で表せても、何にも代えがたい日々の暮らしや人のつながりを奪われるという計り知れない喪失感は、数字で表すことができない。

従って、度合いが比較可能でゴールへの道筋をつけやすい災害からの「復旧」に対し、個々の価値観を含む「復興」の達成度は比較しづらい上、その言葉も安易に使うべきではない。「復興五輪」という言葉がメディアで踊るたびに、そのように感じる。――何をもって「復興」というのだろうか?

復興というベクトルの「向き」は国や自治体の進むべき道として表現することはできても、その「長さ」や始点・終点は、人それぞれに異なる。一人ひとりのベクトルを足し合わせることでその終点を議論することは、限られた年月の中では現実的に難しい。その意味では、五輪のようなイベントを通じて被災地の今に目を向けてもらい、「復興」の現状と課題に接し共有できる機会が定期的にあることは大変重要である。少なくとも、2020年の五輪を通して、ベクトルの始点はある程度は共有される可能性がある。

平成三陸大津波で大きく被災した東北沿岸の町の多くは、それ以前と同じ町とはとても呼べない。かかわりがあった一個人としては、とても寂しい。しかし、もっと長い目で見た場合、津波による被害がなかったとしても、そのままでよかったのだろうかとも考える。若者の転出、高齢者比率の増加、雇用の場の減少など、全国の地方自治体が抱える社会問題が、前倒しされて明るみに出た側面もある。このような部分に国としてどう対応するのかという方向性とともに、復興というベクトルの始点を置くべき場所についても議論は必要である。

複合災害である東日本大震災では、どこまでを自然災害と位置づけるかに議論があるが、20年の五輪では度重なる災害の一つとして扱われ、大方は「よいニュース」が並ぶのだろう。しかし、その招致により被災地の復旧が妨げられた側面もあるほか、本来の日常生活に戻れない方々が現時点でまだ非常に多くいる状況もある。多くの現状と課題が共有され、世界の災害復興に生かされなければならない。(筆者は毎号交代します)

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