コラム
2020/10/01医学部看護学科 森屋宏美 講師
出会いがあれば別れもある。今、あなたに大切な人がいるとして、いつかはその人とも別れる日がくる。そのときには筆舌に尽くしがたい痛みに、もがくかもしれない。しかし、別れを乗りこえることで得られる何かは、老若男女を問わず、人生の中で最も学ぶべきことの一つだろう。
別れの一つに死別がある。司祭で哲学者の故・アルフォンス・デーケンは、講演の冒頭で、「人が死ぬ確率は何パーセントですか?100%ですね」とおきまりのフレーズで聴衆の笑いを誘った。彼は死への準備教育(deatheducation)の第一人者であり、人間らしい死を迎える上で、死をタブーにしてはいけないと説いた。「死」をみつめることは、限りある「生」を充実させることでもある、というのが彼のメッセージだ。
私は大学を卒業した翌年から、死にゆく人を看取る場に身を置いた。緩和ケア病棟の看護師として初めて出勤した日、大量出血で死にゆく人を間近にし、それを取り巻く医療者たちの最後尾で、何もできない自分と闘っていた。
ある日、末期がんで入院する40代の男性と出会った。その人は私に、「うさぎさん」というニックネームをつけた。当時、白衣に白色のカーディガンを羽織っていたことが由来だ。その人の病室はとてもよい香りがしたので、「この場所は居心地がいい」と伝えたこともあった。ひきとめられるままに過ごした日々は、死の悲壮感からは程遠い穏やかな時間だった。
しばらくしてその人は眠りがちになり、やがて亡くなった。最期の日、お別れをして退室しようとすると、思いがけず家族から、その人が好きだった香水の空瓶とICレコーダーを渡された。再生してみると、懐かしいその人の声で「うさぎさんへ」とメッセージが入っていた。意識が清明なときに録音をしてくれたのだそうだ。「人は思い出の中で生きる」ということを実感した瞬間だった。
本当に大切な人に対して、上手な別れ方などないと思う。そして、穏やかな関係が続いた日々よりも、別れを予感してから別れた後に回想する時間までの方が、その人にとって意味のある出来事となることもある。感染症と対峙する時代には、さまざまな別れと出会うことになるだろう。別れと向き合える強さを備えた人になってほしい。
(筆者は毎号交代します)
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