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コラム

2013/06/01
学生と日々接する中で感じていることや思いなど、
毎年3人の東海大学の教員がそれぞれの視点からつづるリレーエッセイ。

二基の灯台

藤森 修 国際文化学部デザイン文化学科准教授

レーザーポインターに触れると、光の先に三十年前の叙情が現れることがある。僕は何の特徴もない住宅地で育った。同じ様式で日常を生きる隣人らが集う環境では、鋳型にはめられたような気分を味わった。救われたのは、高校生の時、親友が近所に住んでいたことだ。住宅地の冗長な道をたどると僕らの家は遠いのだが、互いの部屋の窓は数十メートルしか離れていない意外。

教室での楽観なふるまいは偽善であり、その反動で孤高を迎える。この先に僕らを待ち続けるさまざまな出来事には決して期待が持てない。深い思慮が夜型の生活へとうつろう。この気分の共有が僕らの友情を結んだ。近所の明かりが次々に消え、自分の異質性が際立っていく。ここから逃れる前に、自分と向き合うことから逃れたかった。おそらく、彼も。

深夜、僕らは互いの部屋に向かって懐中電灯でシグナルを送ったことが懐かしい。議題はおぼろげである。憧れの異性への心境と進捗状況。大学進学への迷い。また時には英単語試験の暗記具合だっただろうか。段取りは稚拙だが、決して遊戯ではなかった。灯質で相手のメッセージを識別するのだが大雑把で誤解も多かっただろう。だが、真意は限りなく抽象化されることで照れ隠しできる余地を残していたことに意味があった。たとえ親友であっても内面の奥底には届かない。だが光は確かな真実を伝えた。

二基の灯台が向かい合い、港に柔らかい光を落としている。やがて船が出航するように僕らは大学進学後にあの部屋を去り、二度と戻らなかった。誰でも自分を変えたい。過去をかえりみること、育った町に戻ることは挫折を意味した。町も物も出会いも新奇性が過去を凌駕するという、あの時代の感覚は狂っていたのだろうか。

浅瀬に乗り上げた船が朽ち果て、叙情を誘う。むやみに過去を美化することは避けたい。ただ、心よりあの時代へ謝意を表する。あのころにスマートフォンもフェイスブックもなかったことを。

(筆者は毎号交代します)

 
ふじもり・おさむ 1969年生まれ。神奈川県育ち。芝浦工業大学大学院修了。デンマークオーフス建築大学卒業。デンマーク建築家協会、北欧建築・デザイン協会会員。

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