Column:Point Of View
2020年9月1日号
お題 平均
体育学部生涯スポーツ学科 松下宗洋 助教

私のコラムでは、「私といえば何?」と聞き、その回答をテーマにしている。前回のお題は、ゼミ生の回答「辛口コメント」であった。

私が期待した回答は、裸眼が似合わないと評されるほど顔の一部と化した「メガネ」、学生との接点である「研究」など、身の回りの物や活動であった。そのため「私といえば何?」という質問を通して、いわゆる“自分語り”を行う予定ではなかったことを先に伝えたい(私の質問が悪かった)。

しかし一度決めたテーマを変えるのもなんだし、新たに「私といえば何?」と聞くのも恥ずかしい。そこで、今回はかつて言われたことがあるものをお題とする。2回目のテーマは、親から言われた「平均」である。

これを言われたのは、高校生のときだった。私の母校は勉強が得意ではないが、苦手でもない普通の高校だったと思う。その高校の学力テストで、私は狙いすましたように平均点を取り続け、親からは「しかりきれない点数を取る天才」と認められた。

それと同時に、学力だけではなく体格も平均的だったことから、「平均的男子高校生」という称号も授かった。私としては、ちょっといい成績を目指した結果の平均点なので、ほんのり残念な気持ちにもなったが、「まぁこんなもんだ」という納得感が大きかった。

そんなある日、「平均」の捉え方が変わる出来事があった。研究者の先輩とふらっとカフェへ行ったとき、お互いの高校時代の話になった。そこで先ほどのエピソードを披露したところ、その先輩から、「それは素晴らしい! 平均は、その段階に応じて成長しているということだから!」と言われた。この先輩にかかればなんでも褒め言葉に変換できるのではないかと思いながらも、成長していく集団の平均=適度なレベルアップと捉えればなにか自信がわいてくる。

平均はその集団によって変わるし、そもそも狙うものではないだろう。しかし出る杭は打たれるとも言うし、平均もそんなに悪いものでもない気もする。

とは言いながらも、いまだに少なくとも平均ではありたいという気持ちと、ちょっと変わったこともしたいという気持ちが同居するのは否定しない。

(筆者は毎号交代します)